統合失調症-地域ケアの時代に求められる精神科病院・診療所の機能と役割

“あの松沢病院”を変える! —断らず、縛らず、選ばれる病院に

INTERVIEW 東京都立 松沢病院 名誉院長(第18代院長) 齋藤正彦 先生

【プロフィール】さいとう まさひこ:1952年生まれ。1980年に東京大学医学部を卒業後、東京都立松沢病院精神科に勤務。その後、東京大学医学部講師となり、青梅慶友病院(東京都)副院長、よみうりランド慶友病院(東京都)副院長、和光病院(埼玉県)院長などを務め、2012年に東京都立松沢病院第18代院長となる。2021年4月より現職。主な著書に『都立松沢病院の挑戦』(岩波書店 2020年)、『「身体拘束最小化」を実現した松沢病院の方法とプロセスを全公開』(医学書院 2020年)ほか多数。

東京都立 松沢病院

住所:〒156-0057 東京都世田谷区上北沢 2-1-1

診療科目:精神科、内科、神経内科、形成外科、外科、整形外科、脳神経外科、放射線科、麻酔科、歯科、リハビリテーション科、耳鼻咽喉科、眼科、皮膚科、泌尿器科、婦人科

関連施設等:精神科デイケアほか

開設年:1879年

病床数 898床(精神科808床/一般90床)

2つの目標とは

松沢病院はいい意味でも悪い意味でも、精神科病院のシンボルとして知られてきました。私は院長に就任した2012年、2つの目標を掲げたのです。まずひとつは「民間医療機関の依頼を断らないこと」、そして「患者さんに選ばれる病院に」です。そのシンプルな目標に向かって病院改革を進め、9年経った今、新規入院患者数は1.8倍、外来初診数は1.5倍になり、平均在院日数は67日と半減しました。

ハードな精神医療を担いつつ、地域医療も見据えて

当院は東京都が直轄する都立病院8つのうちのひとつで、運営の主軸は行政上必要な医療を提供することです。たとえば24時間365日の精神科救急、医療観察法による入院、身体合併症治療など、比較的ハードな精神医療を担っています。入院も外来も統合失調症が多く、覚醒剤などの薬物依存も入院比率が高いですね。年間新規入院患者数は3,675人です(2019年度)。

また、デイケアや訪問看護など地域精神医療を支えることと、医療者の教育も強く意識しています。

医師会で非難囂々

院長に就任したとき、松沢病院のホームページには「日本のリーディング・ホスピタルとして精神医療をリードする」と書いてありました。ですが実際の松沢病院は同業者から非難囂々だったんです。医師の集まりに行けば「松沢病院に救急患者を断られて困った」、「都の予算を食って何をやっているんだ」と冷たくあしらわれ、総合病院の会合では、松沢病院の患者がうちの救急に来て困る、飛び降り自殺を図って困る、オーバードーズで困る等々、批判の的でした。

だからまずは民間医療機関の求めにひたすら応えようと決めました。初めは職員から「そんなことをしたら、対応の難しい患者さんばかり来てしまう」と言われましたよ。ですが、そもそも都立病院の役割は、医療費滞納や重篤な合併症など、民間病院が対応困難な患者さんを積極的に受け入れることです。

ひと月もしないうちに紹介患者が急増し、病床稼働率は90%を超えました。他院から「松沢病院のおかげで助かりました」と感謝される機会が増えるにつれ、職員のモチベーションも上がっていきました。

患者さんが来やすい病院に

そしてもうひとつの目標を「患者さんに選ばれる病院に」としたのには理由があります。患者さんが体調を崩しかけたときに「あの病院は二度とごめんだ」ではなく、「苦しくなったら松沢病院に行こう」と思ってもらえるようにしたかったのです。緊急措置などで強制入院になってしまう大きな要因は治療中断ですから。

そこで身体拘束の最小化に取り組みました。私が院長に就任した当時の身体拘束率は20%近く、習慣化された夜間拘束や車椅子の安全ベルトなど無意味なものも多かった。だから私は「どうでもいい規則をやめろ」、「縛るな」、「拘束された患者さんの罵声を聞け」というメッセージを発し続けました。

当時の看護部長が非常に優秀で、「院長の言うことを聞きなさい」と命令するのでなく、「いいことをやろう、みんなで!」と先頭を走るリーダーシップを発揮してくれました。

日々、体を張って看護している看護師たちから「勝手なことばかり言って、私たちの苦労をわかってくれない」と総スカンを受けずにすんだのは、看護部長に賛同するスタッフも多かったからです。中でも若い看護師たちが真っ先に動いてくれました。中堅看護師は当初、「あなたたちは若いからそんな夢みたいなことを言っているのよ」という態度でしたが、だんだん若手看護師に引っ張られるように変わっていったのです。

そして多職種による「行動制限最小化委員会」が立ち上がり、病棟ホールの見回りや付き添い、点滴挿入部位の工夫など、目標達成のための工夫を具体化していきました。私は一切指導していません。

現在、身体拘束率は3~4%まで下がり、鎮静薬の投与も減っています。それが達成できた理由は「1に看護部長、2に看護部長、3、4にスタッフ、5が院長」だったと思います。

社会復帰を妨げる偏見と、オープンホスピタル構想

患者さんの社会復帰を妨げているのは精神科病院だと思われていることが多いですよね? いえいえ、世間にある見えない壁のせいですよ。だから私たちはオープンホスピタル構想を掲げ、世の中に「松沢はこういう病院なんだ」と知ってもらうよう努めています。そのために見学者を受け入れ、地域の開業医に病棟に入ってもらい、検査機器を地域に開放する等、あらゆる取り組みを行っています。

反対派の医師が次々と辞職

病院改革に着手した当初、私と意見の合わない医師たちが十数人辞めました。ですがここでリーダーがひるんで妥協しては駄目なんです。それは一時期に10人も辞められたら、院長として眠れない夜もありますよ。それでも私が耐えられたのは、もともと当院には医師が10人欠けても精神科特例の人員配置基準よりずっと多くいたこと、そして民間病院で同じ経験をしたことがあるからです。そのときも病院改革に伴い常勤医が一斉退職したのですが、2年も経つとその病院の評価が高まり、各地から医師が応募してくるようになったのです。

今回もその通りになりました。私が院長になった翌年は職場満足度が急落したものの、数年の間に「松沢病院で働きたい」と応募が相次ぎ、シニアレジデントの選考は競争率3~4倍にはね上がり、ジュニアレジデントも日本中から集まるようになりました。

職場満足度は徐々に回復し、現在は都立8病院中もっとも満足度が高いのです。

病院改革、成功の秘訣

松沢病院の改革は、私が思ったよりずっと早く進みました。その理由は2代続けて優秀な看護部長が活躍してくれたこと、そして私が掲げた目標に「本当はそうしたい」と思っていた職員がたくさんいたことです。

病院改革については、リーダーの独り善がりではない合理的な目標を掲げることが重要です。良心的な職員が共感できる理想で、その芯を曲げないこと。院内で職員から「先生、これはどうしますか?」と問われたときに、ぶれることなく目標に沿って答えなければなりません。目標は言い続けないと改革が止まってしまいますから、私は機会があるごとに職員に言い続けました。

そして大切なのは、誰が相手であろうと曲げない姿をスタッフに見せること。都立病院ではありますが、お上の意見に納得できなければ公然と反対することもあります。

ときには仕方なく折れることもありますよ。私だって公務員ですからね。だけどそこで「院長も怒っている」と思ってくれるか、「普段えらそうなことを言ってるくせに、すぐ態度を変えるんだ」と思われるかで、その後のスタッフのモチベーションは大きく変わります。

新型コロナウイルス感染患者の受け入れ決定

2020年3月、国内で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の報告が相次ぎ、当院も精神疾患のある感染者を受け入れる準備を始めました。税金で運営されている当院に、受け入れない選択はあり得ません。

しかし私たちの体制はあまりに脆弱でした。感染症指定病院でもなく、医師数は都立総合病院の7割程度に過ぎず、看護師にいたっては精神科特例によってもっと数が少ない。さらにその看護師たちは気管挿管を検討するような症例に慣れていません。

まずは受け入れ前に職員に説明しましたが、反対されても仕方がないと思っていました。しかし職員たちは、発熱した精神科患者が救急病院で引き受けてもらえないであろうことをたやすく想像できたのですね。「われわれがやらなければ!」と、誰ひとり反対する者はいませんでした。

受け入れ準備、COVID-19専用病棟開設へ!

すぐにそのときの看護部長がスタッフ教育や人員配置見直しなどを行い、内科医が防護服の着け方などをレクチャーしました。防護服なんて私だって着けたことありませんでしたよ。また、産業医や感染担当看護師が、窓口職員や清掃スタッフ、物流関係者などの協力企業スタッフに向けて感染対策研修会を何度も開いてくれました。

そうして2020年4月1日に結核病床の陰圧室18床を利用し、COVID-19専用病棟を開設しました。これまで病院改革をともに進めてきた職員たちだから、そんなに大崩れしないだろうとは思っていましたが、窓口職員も清掃スタッフや物流関係者もみんな臆することなく本当によくやってくれました。

現在は24床まで増やしましたが、2021年3月半ばに22~23床が埋まってしまい、45床まで増床するシミュレーションも行っています。

これまで陽性者222人、疑い例を1,000人ほど受け入れました(2021年3月15日時点)。

都内の精神科病院でクラスター発生!

最初に都内の精神科病院でクラスターが発生したとき、その様子を知った職員が「救援に行こう!」と言い出し、当院の内科医と精神科医、ソーシャルワーカーと看護師が訪問してトリアージを行い、院内のゾーニングなど感染対策を伝えました。

こうした指導は私たちより先に公的機関も行っていましたが、彼らは精神科病院が感染症に対していかに脆弱であるかを知りませんでした。精神科病院ではとてもできないような感染対策を指導されても無理なんです。マスクをしてくれない患者さんもいます。クラスターの発生した病院がダメな病院だったわけではなく、それが日本の標準的な精神科病院なんですよ。後に当院の支援はその病院から大変感謝されました。

東京都の体制

COVID-19が国内で報告されて間もなく、東京精神科病院協会(東精協)と協力し合うことが決まりました。非常に心強かったですね。

当院のCOVID-19専用病棟に患者さんがあふれてしまわないよう、東精協は会員病院に「厚生労働省の“10daysルール”にのっとり、松沢病院に預けた感染患者の治療が終わり、発症から10日経って症状がなかったらPCR検査なしで引き取るように」と、通達してくれました。そのおかげで、正月三が日も民間病院が退院先になってくれたんです。

2021年3月に退官を迎えて

今振り返ってみて、院長を務めたこの9年間は大変幸福だったと思います。私はいつも誰かに「こっちに来い」、「あっちへ行け」と言われるままに異動してきました。自分で人生を選んだ感覚はないんです。でも今思うのは、大学を卒業して以降の自分のキャリアはすべて、ここ松沢病院で働くためのものだったような気がするな。納得できる人生だったと思います。

(2021年3月収録)

サイト監修者より

松沢病院は日本の精神科病院の象徴的存在です。

長い歴史の中で、いつのまにかできあがった慣行や独自の流儀で硬直した病院を覚醒させ、行政的医療を行いつつ今日の地域医療のニーズに応える病院へ変貌させた齋藤先生のパワーに改めて感服しました。

対応困難な患者さんを積極的に受け入れて「民間病院の依頼を断らないこと」、身体拘束を最小化して「患者さんに選ばれる病院に」という齋藤先生が掲げた目標は、精神科医療を見守るバランスのいい社会的な視点に貫かれた精神医療観とともに院内に徹底され、大きな成果を達成されました。

コロナ禍への対応も素早く、限られた人材や資源を臨機応変に集中させて、都内の精神科病院で発生したクラスターに対しても的確な危機介入が行われています。

こうした改革の成果を一歩も後退させることなく、松沢病院の新しいレガシーを受け継ぎ、若い仲間とともにさらに発展させていきたいと思います。

(東京都立松沢病院 院長 水野雅文)

※ 次号は他施設をご紹介します〈2021年秋頃公開予定〉。


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