免疫抑制剤・抗がん剤使用中の患者さんへのインフルエンザHAワクチン接種は、免疫獲得が不十分となる可能性はあるものの、おおむね可能です1, 3, 9-15)。抗体産生不全、例えば抗CD20抗体(リツキシマブ)を使用中の患者さんにおいては、インフルエンザHAワクチンの効果を減弱させるおそれがあります1, 12, 13)。一般に、その他の薬剤(γ-グロブリン製剤を含む)の投与による影響はないとされています。副反応の紛れ込みを防ぐ意味で、全身麻酔前後に一定の間隔をあけることをお勧めします。いずれにおいても、その時点で患者さんがインフルエンザHAワクチン接種に適した全身状態であるかを見極める必要はあります。
インフルエンザHAワクチンは不活化ワクチンであるため、被接種者の免疫状態にかかわらず、ワクチンウイルスが再活性化することはありません。もちろん、同日に各種薬剤を投与したり、同時に他のワクチンを接種して副反応が出た場合、どちらの影響かわかりにくくなる可能性は残ります。
米国疾病対策センター(CDC)では接種不適当でなければ、生後6カ月以上のどの患者にもインフルエンザワクチンの接種を推奨しています2)。ただし、免疫抑制剤、例えば、プレドニゾロン、シクロスポリン、タクロリムスなどは、細胞性免疫、液性免疫(抗体産生)を抑制するため、これらの薬剤を服用している患者さんにおいては、不活化インフルエンザワクチンに限らず、ワクチン接種による免疫獲得が低下する場合があります。免疫抑制効果を示す抗がん剤についても同様と考えられます。抗体産生を完全に抑制する抗CD20抗体(リツキシマブ)については、不活化インフルエンザワクチンの効果を減弱させるおそれがあります1, 12, 13)。以下に例をいくつか挙げます。
例1)全身性エリテマトーデス(SLE)で免疫抑制剤を服用中の患者さんにおいては、インフルエンザワクチン接種による免疫獲得が劣ることがある、と報告されています3)。しかし、ステロイド投与中を含むSLEの患者さんにおいて、ワクチン接種群が非接種群より、有意に入院防止効果やICU入院阻止効果を認めたとする報告もあります4)。
例2)小児の慢性炎症疾患において、メトトレキサート(MTX)や抗TNFα製剤を使用していても、免疫正常の患者さんと比べてインフルエンザワクチン接種による免疫獲得に差がなかった、という報告があります5)。また、抗リウマチ薬(DMARD)では抗TNFα製剤のほか、抗IL-6薬(トシリズマブ)を投与されている成人患者さんにおいても、インフルエンザなどの不活化ワクチン接種により良好な抗体上昇が得られた、とする報告があります6)。
例3)シェーグレン症候群患者さんの中では、メトトレキサート、アザチオプリンの使用の有無によって、不活化インフルエンザワクチン接種による免疫獲得に差はなかった、と報告されました7)。
例4)喘息患者さんに対する高用量の吸入ステロイド薬は、A型の不活化インフルエンザワクチン抗原に対する免疫獲得には影響しませんでしたが、B型の不活化インフルエンザワクチン抗原に対する免疫獲得には影響した、という報告があります8)。
例5)白血病で化学療法中の患者さんに不活化インフルエンザワクチンを接種した場合、おおむね良好であった、という報告があります9)。A(H1N1)pdm09のアジュバントワクチン注)での報告では、造血器腫瘍の患者さんについては白血球が正常な時期や、治療サイクル早期の接種において免疫獲得率が良好で、固形腫瘍の患者さんについてはそのような傾向はなかった、とする報告があります10)。
例6)腎臓、心臓、肝臓移植後に免疫抑制剤を服用中の患者さんにおいては、インフルエンザワクチン接種による免疫獲得は同等もしくは低下する、との報告もあります11)。
例7)抗体産生を阻害する抗CD20抗体(リツキシマブ)を使用中の患者さん12, 13)や、抗体産生不全症の患者さん14)へのインフルエンザワクチンの効果は(アジュバント注)などを用いても)減弱するという報告があります。
例8)成人がん患者806例(固形腫瘍で化学療法を受けている者、および血液腫瘍で化学療法を受けている者・受けていない者、造血器移植患者)において、インフルエンザワクチン接種群と非接種群を比較したところ、接種群において全死亡が有意に減少した、と報告されています15)。
参考情報になりますが、いわゆるがん免疫療法で使用するPD-1関連の抗悪性腫瘍薬のうち、ニボルマブについては、T細胞活性化作用により、接種したワクチンに対する過度な免疫応答に基づく症状が発現する可能性があるため注意が必要であると電子化された添付文書に記載されています16)。
一方で、370例を対象とした最近の米国からの報告では、本薬剤を含む抗PD-1抗体薬投与患者において、不活化インフルエンザワクチンにより免疫に関連した有害事象は増加しないため、むしろ毎年の接種は推奨されるとされています17)。
以上から、免疫抑制状態の患者さん、抗がん剤などによる化学療法中の患者さん、移植後の患者さんにインフルエンザHAワクチンを接種する場合、効果が減弱する可能性があることをあらかじめ説明しておくほうがよいと考えられます。免疫抑制剤の投与量と経路、白血球や好中球の数によって、接種の可否を決めることは困難です。冒頭にも述べましたように、免疫獲得があまり期待できなくても、インフルエンザHAワクチンのウイルスが再活性化するリスクはありませんので、接種時期の限定されているインフルエンザHAワクチンの接種機会を逃さないことが重要です。さらに、これら免疫獲得が十分でない可能性のある患者さんと接する方にも、接種することが重要です。
注):現在、わが国の季節性インフルエンザHAワクチンに、アジュバント(免疫原性を高める物質)は使用されていません。
免疫抑制剤以外の薬剤(インターフェロン、抗アレルギー薬、向精神薬を含む)とインフルエンザHAワクチンとの相互作用の報告は、電子化された添付文書上ないようです。心臓、肺、腎臓疾患、糖尿病などで常用薬を服用中の患者さんであっても、状態が安定していれば接種が勧められます。抗菌薬や抗結核薬、抗ウイルス薬、感冒薬の服用もワクチン接種自体に大きな影響を与えないと考えられます。また、日本のインフルエンザHAワクチンは生きたウイルスを含まない不活化抗原ですので、他の不活化ワクチン同様、川崎病などで投与されたγ-グロブリン製剤の影響を受けないと考えられます。米国CDCが発行するワクチンのガイドラインであるPink Bookでも、不活化ワクチンはγ-グロブリン製剤の影響を受けないとしています18)。日本でも、不活化インフルエンザワクチンは、麻しんや風しんのような生ワクチンと異なり、γ-グロブリン製剤を投与していても効果に影響のないワクチンとして記載されています19)。
各種薬剤、γ-グロブリン製剤を投与中の場合、その時点で患者さんがワクチン接種に適した状態であるか(病状が落ち着いている、熱がない、インフルエンザを発症していないなど)を検討する必要はあります。
抗インフルエンザウイルス薬(ノイラミニダーゼ阻害薬や、キャップ依存性エンドヌクレアーゼ活性阻害薬)を服用中にインフルエンザHAワクチンを接種しても、作用機序から考えて、抗インフルエンザウイルス薬やインフルエンザHAワクチンの効果が減弱することは理論的にありません。しかし、抗インフルエンザウイルス薬を服用されている患者さん(治療中あるいは曝露後予防投与中)に、(今後の別の型や亜型のインフルエンザの予防のために)インフルエンザHAワクチンを接種する場合には、紛れ込みを防ぐために、発症する危険のある時期を過ぎた頃が望ましいでしょう。
小児麻酔領域からの報告ですが、全身麻酔による免疫系の影響は小さく一過性(48時間20)~4日21)程度)で、麻酔前にワクチン接種を禁忌とする根拠もありません。ただし、ワクチンの副反応や効果、麻酔合併症(術後合併症)との区別を考え、麻酔前は不活化ワクチンで2日20)~1週間21)、生ワクチンで14日20)~21日20, 21)、術後は1週間21)あけるのが望ましいとされています。
(新庄 正宜)
文献
1)電子化された添付文書: リツキサンⓇ点滴静注100 mg・500 mg. 全薬工業株式会社、中外製薬株式会社. 2022年6月改訂(第7版).
2)Grohskopf LA, et al.: MMWR Recomm Rep. 71(1): 1-28, 2022.
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/rr/rr7101a1.htm(アクセス2023年3月6日現在)
3)Holvast A, et al.: Ann Rheum Dis. 65(7): 913-918, 2006.
4)Chang CC, et al.: Sci Rep. 6: 37817, 2016.
5)Woerner A, et al.: Hum Vaccin. 7(12): 1293-1298, 2011.
6)Tsuru T, et al.: Mod Rheumatol. 24(3): 511-516, 2014.
7)Pasoto SG, et al.: Vaccine. 31(14): 1793-1798, 2013.
8)Hanania NA, et al.: J Allergy Clin Immunol. 113(4): 717-724, 2004.
9)Wong-Chew RM, et al.: Oncol Lett. 4(2): 329-333, 2012.
10)Mackay HJ, et al.: J Clin Virol. 50(3): 212-216, 2011.
11)CDC: MMWR Recomm Rep. 62(RR-07): 1-43, 2013.
12)van Assen S, et al.: Arthritis Rheum. 62(1): 75-81, 2010.
13)Kapetanovic MC, et al.: Arthritis Res Ther. 16(1): R2, 2014.
14)van Assen S, et al.: Clin Immunol. 136(2): 228-235, 2010.
15)Vinograd I, et al.: Cancer. 119(22): 4028-4035, 2013.
16)電子化された添付文書: オプジーボⓇ点滴静注 20 mg・100 mg・120 mg・240 mg. 小野薬品工業株式会社、ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社. 2022年10月改訂(第16版).
17)Chong CR, et al.: Clin Infect Dis. 70(2): 193-199, 2020.
18)CDC: Epidemiology and Prevention of Vaccine-Preventable Diseases. The Pink Book: Course Textbook-14th Edition. 2021.
https://www.cdc.gov/vaccines/pubs/pinkbook/index.html(アクセス2023年3月6日現在)
19)岡部信彦, 多屋馨子: 予防接種に関するQ&A集2022. Q15 p.56, 一般社団法人日本ワクチン産業協会. 2022.
20)Siebert JN, et al.: Paediatr Anaesth. 17(5): 410-420, 2007.
21)Short JA, et al.: Paediatr Anaesth. 16(5): 514-522, 2006.
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