インフルエンザHAワクチン中の鶏卵成分は、きわめて微量です。そのため、卵アレルギーや気管支喘息などのアレルギーを有しても、多くの場合、インフルエンザHAワクチンは安全に接種できています。
本稿では、アレルギーを有する方へのインフルエンザワクチン接種に関し、国内および米国の対応をまとめました。
2023年度版の「予防接種ガイドライン」1)には、接種液の成分に対してアレルギーを呈するおそれのある者に対する対応を日本小児アレルギー学会の見解(2022年12月)として掲載しています。以下に抜粋して引用します。
「接種液の成分によってアナフィラキシーを呈したことが明らかにある者は接種不適当者である。気管支喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、じんましん、アレルギー体質などだけでは、接種不適当者にはならないが、気管支喘息がコントロール不良である場合はリスクが高くなり、喘息も含めて、これらの疾患がコントロール不良である場合はワクチン副反応との鑑別が困難になる。したがって、接種前に良好なコントロールを得ることが重要である。
ワクチンによる副反応歴、ワクチンに含まれている成分に対するアレルギー歴とこの成分と交差反応する物質に対するアレルギー歴を問診することによって接種要注意者かどうか判定する。
接種液成分でアレルギーと関連した報告があるのは、ワクチン主成分、安定剤のゼラチン、防腐剤のチメロサール及び培養成分である培養液、鶏卵成分、抗菌薬である。
同じ種類のワクチンでもメーカーによって成分量やその比率が異なるため、ワクチン添付文書でその内容を確認することが望まれる。
要注意者は健康状態や体質を勘案し、診察及び接種適否の判断を慎重に行い、ワクチンの必要性、副反応、有用性について十分な説明を行い、同意を確実に得た上で、注意して接種する。過敏症状を起こし得るので、接種後約30分の院内観察や緊急時薬の準備など、発症時に速やかに対応できる体制を整えておくことが必要である。
ワクチン接種による即時型アレルギー症状誘発を予知する確実な手段はない。保護者や接種医が強い不安を抱く場合には、要注意者への対応に準じ、慎重な観察と緊急時の体制を整える。接種の可否判定に困る際は、専門施設へ紹介する。
(ア)鶏卵由来成分
卵成分が関連するワクチンはインフルエンザ及び黄熱である。
国内の現行インフルエンザワクチンは、有精卵(孵化鶏卵)から作られ、卵白アルブミンの混入が懸念されていたが、その量は数ng/mLと極めて微量でWHO基準よりはるかに少ない。
添付文書には、本剤の成分又は鶏卵、鶏肉、その他鶏由来のものに対して、アレルギーを呈するおそれのある者は接種要注意者‡、本剤の成分によってアナフィラキシーを呈したことが明らかな者は接種不適当者と記載されている。しかしながら、接種後の鶏卵アレルギーによる重篤な副反応の報告はなく、鶏卵アレルギー患者であっても接種可能である2)。インフルエンザワクチン接種後のアナフィラキシーは鶏卵由来のタンパクではなく、インフルエンザHA抗原によるものであることが報告されている3)。
いずれのワクチンでも接種可否の判断が困難な症例は専門施設へ紹介する。
(イ)乳由来成分
予防接種中の牛乳アレルギー成分としては麻しん・風しん混合ワクチンなどに安定剤として含まれる乳糖がある。皮下注射であり接種量も少ないことから牛乳アレルギー患者であっても接種可能である。
(ウ)その他の成分
黄熱と狂犬病の予防接種には現在でも安定剤としてゼラチンが添加されている。
抗菌薬としては、一部のワクチンにエリスロマイシンやカナマイシンが添加されている。接種にあたっては、接種しようとするワクチンの添付文書を確認する。
これまで、定期接種として接種されてきた、BCG、DPT-IPV四種混合ワクチン、日本脳炎ワクチン、Hibワクチン、小児用肺炎球菌ワクチン、水痘ワクチンなどは、アレルギー疾患児に特有の副反応は認められていない。ヒトパピローマウイルスに対するワクチンが我が国でも導入されたが、アレルギー疾患児への接種については現時点で格別の留意点はない」。
日本アレルギー学会監修の「喘息予防・管理ガイドライン2021」4)では、次のように記載されています。
「喘息などの慢性呼吸器疾患患者は呼吸器感染症で基礎疾患が増悪し、時に重症化する。呼吸器感染症には、ワクチンで予防できる疾患(vaccine preventable diseases, VPD)も含まれ、必要なワクチン接種により当該感染症を予防することは、基礎疾患の増悪や合併症予防に有用と考えられる5)」。
ステロイド薬の治療を受けている場合の注意点の項では、次のような記載があります。
「喘息患者へのワクチン接種時の注意事項として、ステロイド薬治療を受けている患者が挙げられるが、次の事項に該当する場合は、生ウイルスワクチン接種が禁忌となるほどの免疫抑制状態にはならない5)。
①治療期間が14日以内である。
②低~中等量の全身性ステロイド薬投与(プレドニゾン注1)換算で20mg未満)である。
③短期作用性薬剤では2週間以上の長期隔日投与である。
④漸減療法中の生理的用量による補充療法である。
⑤局所投与(塗布・点眼)、吸入、関節内など。
一方、14日以上のプレドニゾン注1)換算2mg/kg/日または20mg/日以上の場合は、終了後1か月間は生ワクチン接種を延期すべきとなっている5)」。
注1)プレドニゾンは、日本では未承認。
次に、インフルエンザワクチンの安全性の項を抜粋し引用します。
「インフルエンザは喘息患者における急性増悪に影響することが知られており、近年のシステマティックレビュー6)によると、インフルエンザワクチン接種は急性増悪による緊急受診や入院を59~78%予防する可能性が示されている。米国では、中等症以上の喘息患者はインフルエンザ罹患による重症の合併症を来す可能性が高いハイリスク群とされ、毎年接種を受けるべきとされている7)。なお、米国小児科学会は『鶏卵アレルギーがあっても通常通りインフルエンザワクチン接種が可能であり、ワクチン接種前に鶏卵アレルギーの有無を確認する必要はない』としている8)」。
米国の予防接種諮問委員会(ACIP: the Advisory Committee on Immunization Practices)は、「インフルエンザワクチンによるインフルエンザの予防と対策の勧告」を毎年発表しています。2023/2024シーズンの勧告より、卵アレルギー患者などへの接種に関してご紹介します。
ACIPは、卵アレルギーを有する者(生後6カ月以上)へのインフルエンザワクチン接種を推奨する。被接種者の年齢と健康状態に適したものであれば、どのインフルエンザワクチン(鶏卵培養、あるいは鶏卵培養以外)でも使用可能である。
蕁麻疹以外の卵へのアレルギー反応の既往がある者へ鶏卵培養由来のワクチンを使用する場合、重度アレルギー反応を診断・治療できる医師などの監督のもと、入院施設あるいは外来で接種することは、もはや推奨されない。過去の卵アレルギー反応の重症度にかかわらず、卵アレルギーがあるだけで、他のワクチンを通常接種する際に推奨されている以上の追加的な安全対策が、インフルエンザワクチン接種において求められることはない。すべてのワクチンは、接種後の急性過敏症反応を迅速に診断・治療できる人員と必要な設備が整った状況下で接種すべきである。
米国で入手可能なインフルエンザワクチンの大部分(RIV4*およびccIIV4†を除く)は、孵化鶏卵で培養したウイルスを用いて製造され、微量の卵たん白(オボアルブミン)が含まれる可能性がある。米国で認可されているインフルエンザワクチンのうち、オボアルブミン含有が報告されている製品の含有量は概して少ない(≦1μg/0.5mL)。
*RIV4(Recombinant Influenza Vaccine, quadrivalent): 遺伝子組み換え技術を用いて製造される卵たん白を含まない 4価インフルエンザワクチン。米国で18歳以上に適応。日本では未承認。
†ccIIV4(cell culture-based Inactivated Influenza Vaccine, quadrivalent): 細胞培養不活化4価インフルエンザワクチン。米国で生後6カ月以上に適応。日本では未承認。
The American Academy of Allergy, Asthma & Immunology(AAAAI)とthe American College of Allergy, Asthma, & Immunology(ACAAI)による診療指針に関する合同タスクフォースは、卵アレルギーを有する者へのインフルエンザワクチン接種では、他のワクチンを通常接種する際に推奨されている以外の追加的な注意事項は求められないとしている。
米国小児科学会(the American Academy of Pediatrics: AAP)は2016/2017インフルエンザシーズン以降、卵アレルギーを有する者へのインフルエンザワクチン接種で必要とされる追加的な注意事項はないと提言している。卵アレルギーを有する者への季節性インフルエンザワクチン接種後の反応を調査した20の研究(13の研究では、卵に対する重度のアレルギー反応またはアナフィラキシー症例を含む)において、アナフィラキシーの報告はなかった(確実性レベル:とても低い)。アナフィラキシーの記載がない比較的重度ではない反応で、心血管症状、呼吸器症状、血管浮腫、あるいは全身性蕁麻疹、あるいは投薬ないし外来や救急での治療を要したものの発生頻度は、低かった(<1%)。単価H1N1pdm09インフルエンザワクチンに関する13の研究でも、アナフィラキシーの症例は報告されていない。心血管症状、呼吸器症状、血管浮腫、あるいは全身性蕁麻疹を伴う反応の発生頻度は<1%で、投薬ないし外来や救急での治療を要する症状の発生頻度はおよそ1.5%であった(確実性レベル:とても低い)。2009/2010インフルエンザシーズン中、卵アレルギーの可能性がある者への単価H1N1pdm09インフルエンザワクチン接種で、症例定義に合致するブライトンレベル1のアナフィラキシーが1例、VAERS(ワクチン有害事象報告システム)の報告サマリーに記録されていた。母数となる総接種回数は不明であったが、2009/2010インフルエンザシーズンは、およそ1億2700万回分の単価不活化インフルエンザワクチンが米国内で流通した。注目すべきことは、鶏卵フリーワクチンであるRIVを卵アレルギーがある者へ接種した後に、重度アレルギー反応が発生したことがVAERSの報告に記録されていることである。これらの報告では、鶏卵培養のインフルエンザワクチン接種後に観察された反応は、卵たん白以外の物質によって引き起こされた可能性と、すべてのワクチンをすべての被接種者(アレルギーの既往の有無に関わらず)へ接種する際に、重度の過敏性反応を診断・治療できるよう備えておくことの重要性を強調している。
重症で生命にかかわるようなワクチンに対する反応は、まれではあるが、アレルギーの既往の有無に関わらず、どのワクチンでもどのような被接種者でも発現しうる。予防接種を実施する者は、どのワクチンでも、急性過敏性反応を迅速に診断・治療できる人員と設備が整った状況下で接種すべきであることを念頭に置く。すべての予防接種を実施する者は、所属施設の救急時の対応策を熟知し、心肺蘇生法を習得しておく必要がある。卵アレルギーを有する者に特別に推奨される接種後の経過観察時間は設けていない。ただし、ACIPは、患者が失神を起こした場合の受傷リスクを減らすために、どのワクチンでも接種後15分間は患者(座位または仰臥位で)の経過観察をすることを推奨する(表1)。
卵アレルギーは、すべてのインフルエンザワクチンにおいて接種不適当者、あるいは接種要注意者でもない注)が、卵以外のワクチン成分に対するアレルギーやインフルエンザワクチン接種でアレルギー反応の既往がある者は、接種不適当者や接種要注意者となる(次項参照)11)。
注) 国内では、鶏卵などへアレルギーを呈するおそれのある者は、インフルエンザHAワクチンの接種要注意者です。詳細は、電子化された添付文書‡を参照してください。
表1.卵アレルギーを有する者へのインフルエンザワクチン接種
―米国ACIP勧告 2023/2024インフルエンザシーズン
文献9)より作表
‡インフルエンザHAワクチンの電子化された添付文書の記載事項
9. 特定の背景を有する者に関する注意(抜粋)
9.1 接種要注意者(接種の判断を行うに際し、注意を要する者)
被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合は、健康状態及び体質を勘案し、診察及び接種適否の判断を慎重に行い、予防接種の必要性、副反応、有用性について十分な説明を行い、同意を確実に得た上で、注意して接種すること。
9.1.6 本剤の成分又は鶏卵、鶏肉、その他鶏由来のものに対してアレルギーを呈するおそれのある者
すべてのワクチンと同様に、インフルエンザワクチンにはアレルギー反応やアナフィラキシー反応を起こす可能性のある成分が含まれている。大部分のインフルエンザワクチンの添付文書では、ワクチンのあらゆる成分、あるいは過去のインフルエンザワクチン接種で重度のアレルギー反応(アナフィラキシーなど)の既往がある者を接種不適当者に挙げている。ccIIV4およびRIV4では、あらゆるワクチン成分で重度のアレルギー反応の既往がある者を接種不適当者としている。他のインフルエンザワクチンでアレルギー反応の既往がある者を接種不適当者と明記した表示はない。しかしながら、まれではあるが重度のアレルギー反応はインフルエンザワクチンの接種後、既往がない者やアレルギーはないとされている者にも起こりうる。ワクチンの成分や添加剤は添付文書で確認できるが、特別なアレルギー検査をしなければ原因物質を特定することは困難である。RIV接種後の重度のアレルギー反応症例がVAERSに報告されており、その一部は卵やインフルエンザワクチンでアレルギー反応の既往がある者で、アレルギーの兆候を増悪させる傾向が示されている。まれではあるが、こうした重度のアレルギー反応は起こりうるので、ACIPは過去のインフルエンザワクチン接種で重度アレルギー反応の既往のある者へ次のように勧告する。
・鶏卵培養4価不活化インフルエンザワクチン(IIV4)およびLAIV4**
あらゆるインフルエンザワクチン(鶏卵培養IIV、ccIIV、RIV、LAIV[いずれも何価でも])の接種で重度アレルギー反応(アナフィラキシーなど)の既往がある者は、接種不適当者である。ワクチンのあらゆる成分(卵たん白を除く)で重度アレルギー反応の既往がある者も、接種不適当者である。
**LAIV4(Live Attenuated Influenza Vaccine, quadrivalent): 弱毒生4価インフルエンザワクチン(経鼻型)。
・ccIIV4
鶏卵培養IIV、RIV、LAIV(いずれも何価でも)の接種で重度アレルギー反応(アナフィラキシーなど)の既往がある者は、接種要注意者である。このような者へのccIIV4の接種は、医療施設で重度アレルギー症状を診断・治療できる医師などの監督のもとで行う。予防接種実施者は、ワクチン成分がアレルギー反応の原因になるか、アレルギー専門医に照会することを検討する。
ccIIV(何価でも)の接種、またはccIIV4のワクチン成分で重度アレルギー反応(アナフィラキシーなど)の既往がある者は、接種不適当者である。
・RIV4
鶏卵培養IIV、ccIIV、LAIV(いずれも何価でも)の接種で重度アレルギー反応(アナフィラキシーなど)の既往がある者は、接種要注意者である。このような者へのRIV4の接種は、医療施設で重度アレルギー症状を診断・治療できる医師などの監督のもとで行う。予防接種実施者は、ワクチン成分がアレルギー反応の原因になるか、アレルギー専門医に照会することを検討する。
RIV(何価でも)の接種、またはRIV4のワクチン成分で重度アレルギー反応(アナフィラキシーなど)の既往がある者は、接種不適当者である(表2)9)。
表2. インフルエンザワクチン接種で重度アレルギー反応の既往がある者における接種不適当者および接種要注意者
―米国ACIP勧告 2023/2024インフルエンザシーズン
文献9)より
IIV4; Inactivated Influenza Vaccine, quadrivalent
LAIV4: Live Attenuated Influenza Vaccine, quadrivalent
ccIIV4: cell culture-based Inactivated Influenza Vaccine, quadrivalent(日本では未承認)
RIV4: Recombinant Influenza Vaccine, quadrivalent(日本では未承認)
(岡田 賢司)
※インフルエンザHAワクチンのご使用にあたっては、電子化された添付文書をご参照ください。
文献
1)予防接種ガイドライン等検討委員会: 予防接種ガイドライン2023年度版. 公益財団法人予防接種リサーチセンター. 2023.
2)Greenhawt M, et al.: Ann Allergy Asthma Immunol. 120(1): 49-52, 2018.
3)Nagao M, et al.: J Allergy Clin Immunol. 137(3): 861-867, 2016.
4)「喘息予防・管理ガイドライン2021」作成委員: 喘息予防・管理ガイドライン2021. 一般社団法人日本アレルギー学会 喘息ガイドライン専門部会 監修. 協和企画. 2021.
5)CDC: MMWR Recomm Rep. 60(RR-2): 1-60, 2011.
6)Vasileiou E, et al. : Clin Infect Dis. 65(8): 1388-1395, 2017.
7)GINA : Global strategy for asthma management and prevention. 2020.
8)Committee on Infectious Diseases: Recommendations for Prevention and Control of Influenza in children. 2019-2020. Pediatrics. 144(4): e20192478, 2019.
9)CDC: MMWR Recomm Rep. 72(2): 1-25, 2023.
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/rr/pdfs/rr7202a1-H.pdf(アクセス2023年9月14日現在)
10)厚生労働省: 重篤副作用疾患別対応マニュアル アナフィラキシー. 2008年3月(2019年9月改定).
https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1h01_r01.pdf(アクセス2023年3月6日現在)
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