- 開腹膀胱全摘除術(open radical cystectomy; ORC):開腹して行う従来の標準的術式
- 腹腔鏡下膀胱全摘除術(laparoscopic radical cystectomy; LRC):腹腔鏡を用いて行う手術
- ロボット支援腹腔鏡下膀胱全摘除術(robot-assisted radical cystectomy; RARC):腹腔鏡下で手術支援ロボットを操作して行う手術
膀胱全摘除術の主な術式には、以下の3つがある。
膀胱癌に対する膀胱全摘除術の標準術式はORCであるが、1990年代から泌尿器科領域において腹腔鏡手術が急速に普及し、近年の膀胱癌治療は、根治性の確保と同時に患者のQOL向上が求められるようになり、ORCに比べて低侵襲性のLRCやRARCに関するエビデンスが充実してきている。膀胱癌に対するLRCは、1993年にSánchez de Badajoz Eらによってはじめて報告され1)、その後徐々に実施数が増加し、本邦では2012年に保険収載された。しかし、LRCは体腔内縫合・結紮などの比較的難易度の高い手技が必要で、手術時間も長くなるため、腹腔鏡手術に熟達した術者・チームの元で実施されることが多い2,3)。一方、RARCは、2003年にMenonらによってはじめて報告4)されて以降、特に米国を中心に急速に拡大し、本邦でも2018年に保険収載された。以降、RARCの症例数は急速に増加しており、本邦では2019年末までに70,394例がRARCによる手術を受けている5)。
現在、国内のロボット機器はda Vinci サージカルシステムが主流であり、これを追従する形でhinotoriTM、HugoTM RAS システムが開発された(表1)。ロボット支援手術は、術者がロボット支援機器を遠隔操作するマスタースレーブ型を基本コンセプトとする。ロボット制御により、内視鏡からの3D拡大画像がリアルタイムに映し出され、目の前で鉗子を操作している環境となる(図1)。また、内視鏡手術で問題となる手振れが補正機能により解消される6)。
ロボット支援手術は多科にわたり応用されているが、術者への触覚がないなど、導入当初には様々な手技的なハードルがあり、誤操作による死亡リスクもある。ロボット手術を安全に導入するための取り組みとして、日本泌尿器科学会および日本泌尿器内視鏡学会は、学会主導では世界初となるプロクター認定制度を制定し、2015年より本格始動した7,8)。泌尿器科領域のロボット支援手術を始めるには、既定の教育プログラムを履修することが求められる9)。
表1 国内で承認されたRARCのロボット機器
図1 ロボット支援手術(イメージ)
一般的なLRCおよびRARCの適応は、ORCと同様に、遠隔転移のない筋層浸潤性膀胱癌、BCG抵抗性膀胱上皮内癌、経尿道的切除が不可能な多発する表在性膀胱癌などである。一方、表2に該当する症例は、LRCおよびRARCの適応から除外するか、あるいは慎重な適応の判断を必要とする12,13)。本邦のガイドライン14,15)では、LRCおよびRARCはORCと比較して手術時間は長くなるが低侵襲であること、同等の制癌効果が報告されていることなどを踏まえ、膀胱癌に対するLRC/RARCは推奨できるとしている。一方EAUガイドライン16)では、ORCとRARCについてそれぞれのベネフィットおよびリスクを患者に伝えて適切な術式が選択できるようにすること、ORCおよびRARCのいずれにおいても経験豊富な施設を選択することが推奨されている。なお、LRCおよびRARCの手術手技ステップは、それぞれ若干の差異はあるものの、基本的にはORCに準じており2)、通常は、尿路変向術およびリンパ節郭清術と併せて行われる。
表2 LRCおよびRARCの適応を考慮する上で注意を要する症例の特徴
海外のランダム化比較試験では、ORC群とLRC群で周術期死亡率、合併症、短期再発率が同程度であることが報告されている18)。本邦の報告では、ORC群(45例)とLRC群(38例)で2年再発率および手術時間に有意な差を認めなかったものの、LRC群では出血量(中央値[範囲]、ORC群 vs LRC群:2,000mL[450-9,200mL] vs 500mL[55-1,884mL])、輸血量(1,040mL[280-7,360mL] vs 280mL[280-1,040mL])および入院期間(45日[23-223日] vs 30.5日[16-96日])などがORC群と比較して有意に少なく、低侵襲性で術後回復の点で優れることが示されている(いずれもp<0.001、t検定またはMann-Whitney U検定)19)。
近年、ORCとRARCを比較したランダム化試験が報告されている。RAZOR試験20)では、ORC群(174例)とRARC群(176例)のいずれも、術後90日以内におけるGrade 3以上(Clavien-Dindo分類※)の合併症の頻度が22%、2年無増悪生存率が72%であり、RARC群のORC群に対する非劣性が示された。
英国におけるランダム化試験(RARC、ORC各群169例)21)では、術後90日以内の生存および退院後日数の中央値が、RARC群82日、ORC群80日であり、調整された両群の差は2.2日(95%信頼区間0.50-3.85、p=0.01、混合モデル)であった。また、RARC群では、血栓塞栓合併症および創傷関連合併症の頻度がORC群よりも低く、術後5週のQOL(EQ-5D-5Lスコア)がORC群よりも良好であった。癌再発率および全死亡率は、両群で有意な差を認めなかった(追跡期間中央値18.4ヵ月)。
8試験のシステマティックレビュー22)では、RARC群はORC群と比較して在院日数が短く、合併症の頻度に差がないことが示されている。また、ORC群ではRARC群と比較して、血栓塞栓合併症の頻度が高く、出血量および輸血が多いものの、手術時間は短かった。無増悪生存期間および全生存期間について差は認められなかった。
※Clavien-Dindo分類:2004年にDindo Dらにより提案された23)術後合併症に特化した外科合併症規準であり、主に術後早期合併症(原則として初回退院まで)に関連する有害事象に対して使用するが、退院後に生じる合併症にも使用可能である。Grade 1(正常な術後経過からの逸脱で、薬物療法、または外科的治療、内視鏡的治療、IVR治療を必要としない[制吐剤、解熱剤、鎮痛剤、利尿剤による治療、電解質補充、理学療法は必要とする治療には含めない]。また、ベッドサイドでの創感染の開放はGrade 1とする)、Grade 2(制吐剤、解熱剤、鎮痛剤、利尿剤以外の薬物療法を要する)、Grade 3(外科的治療、内視鏡的治療、画像下治療(IVR)を要する、3a:全身麻酔なし、3b:全身麻酔あり)、Grade 4(IC/ICU管理を要する、生命を脅かす合併症、4a:単一臓器不全、4b:多臓器不全)、Grade 5(死亡)の7段階に分類される。
16試験のメタ解析24)によると、RARC群ではLRC群と比較して出血量が減少(平均差 -82.56、95%信頼区間 -145.04 - -20.08)し、術後90日以降の合併症は、Grade 2以下(オッズ比0.63、95%信頼区間0.48-0.82)、Grade 3以上(オッズ比0.59、95%信頼区間0.40-0.86)、全例(オッズ比0.52、95%信頼区間0.32-0.85)のいずれの患者層においてもRARC群でLRC群よりも減少した。一方、総手術時間、術中合併症、輸血率、短期回復、入院期間、術後30日以内の合併症、膀胱癌関連死亡率に差はなかった。
膀胱全摘除術は、広範なリンパ節郭清術と尿路変向術を併施する必要があることから、泌尿器科手術の中でも最も複雑で長時間を要する手術であり、侵襲性が高いために術中・術後における合併症の頻度が高い25)。一般に、ORCでは術中に出血、神経損傷、まれに直腸損傷が起こることがある。
術後の合併症は、Clavien-Dindo分類における項目、Gradeを用いて評価されることが多い。本邦の報告では、ORC後の合併症は、入院中に58%、晩期合併症は11%に発現し、Clavien-Dindo分類Grade 3以上の合併症は全体で22%に認められた19)。RAZOR試験では、ORC群における術後90日以内におけるGrade 3以上(Clavien-Dindo分類)の合併症の頻度が22%であり、主な合併症としてイレウスなどの消化管合併症、感染(特に尿路感染)、創部関連合併症、尿路合併症などが報告されている20)。
以上の報告をふまえ、膀胱全摘除術におけるORC、LRC、RARCの違いを表3に示す。
表3 ORCを基準として比較したLRCおよびRARCの特徴
a)尿路変向術
膀胱全摘除術の施行により本来の尿路が使用できなくなるため、尿路変向術を行い、新たな排泄経路をつくる必要がある。尿路変向術は、尿を排泄する新たな出口となるストーマを造設する尿管皮膚瘻や回腸導管、腸管でパウチを作成し、ストーマから導尿する自己導尿型代用膀胱や腸管を用いて膀胱を作成する自排尿型代用膀胱に大別され(図2)26-30)、これらを選択する際は、年齢、合併症などの患者の医学的要素、家庭や社会的背景を考慮しながら、患者とその家族、医療スタッフと十分な意見交換を行った上で決定することが重要とされている31)。
近年、手術支援ロボットを用いて、尿路変向術を体腔内で行う術式(intracorporeal urinary diversion; ICUD)が施行されるようになり、体腔外で尿路変向を行う術式(extracorporeal urinary diversion; ECUD)との有用性を比較したシステマティックレビューが報告されている32)。本研究では、早期(30日以内)および中期(30日超)のいずれにおいても、ICUD群とECUD群で全体的な合併症および主要な合併症の頻度に差はなく、一方、ICUD群では推定出血量および輸血率がECUD群と比較して低いことが示された32)。
図2 尿路変向術
b) リンパ節郭清
膀胱癌は骨盤リンパ節への転移が多いため、膀胱の摘除と同時に骨盤リンパ節郭清が必要となる(図3)。リンパ節郭清には、術前の画像診断で確認できなかったリンパ節の微小転移病変の摘除という治療的意義に加え、摘除したリンパ節における転移の有無(N分類)を確認するという診断的意義もあり、予後の予測や術後の治療方針の決定などに有益な情報となる。
郭清範囲を拡大した「拡大リンパ節郭清」は、膀胱全摘除術の治療成績向上のために提唱されたが、拡大リンパ節郭清と標準郭清とを比較検討したランダム化比較試験(LEA AUO AB 25/02試験)において、拡大郭清(下腸間膜動脈起始部レベルまでの傍大動静脈領域および仙骨前面領域を含めて摘除)の優越性は示されなかった33)。同様に、SWOG S1011試験においても、標準郭清(両側の閉鎖・外腸骨・内腸骨リンパ節の郭清)に対する拡大郭清(標準郭清に加えて、少なくとも総腸骨、坐骨前、仙骨前リンパ節を含む大動脈分岐部までの郭清)の優越性は認められなかった34)。なお、拡大郭清の定義は試験によって異なり、統一された定義が存在しないことに注意が必要である。
図3 膀胱全摘除術時における骨盤リンパ節郭清範囲
【参考文献】
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