- ここが知りたい! OAB診療~専門医への紹介のポイント~
- ここが知りたい! OAB診療~高齢者の診療のポイント~
- プライマリーケアにおける高齢過活動膀胱診療のポイント【動画編】
監修
東邦大学医療センター大橋病院 泌尿器科
教授 関戸 哲利 先生
普段の診療で患者さんの排尿の悩みを聞いたことはありますか?実は排尿に悩んでいてもなかなか相談できていない患者さんが多くいらっしゃいます。
本ページでは高齢者のOABにフォーカスし、プライマリーケアにおけるOAB診療のポイントを解説します。
全国の内科医を対象に調査した報告では、生活習慣病で通院中の女性患者さんで蓄尿や排尿の悩みを持つ患者さんのうち、80.5%は治療に前向きとされています1)。そして、その治療に前向きな患者さんのうち68.8%が現在通院中の医師による治療を希望していました。また、別の調査では、慢性疾患にて受診中で過活動膀胱(OAB)を有しながら未治療である女性患者さんのうち、蓄尿や排尿の症状について受診中の医師より問診を受けたことがない割合は73.4%、医師からの質問を希望する割合は64.8%とも報告されています2)。このように、OABは治療を望んでいても悩みを相談できずに抱えてしまいがちな疾患であることが分かります。
OABとは尿意切迫感を必須症状とし、通常は夜間頻尿と頻尿を伴う症状症候群です。尿意切迫感とは、「急に起こる、我慢できないような強い尿意」を指します。OABは、尿失禁を伴うOAB-wetと、尿失禁を伴わないOAB-dryに分類されます3)。
尿失禁の主な種類としては、切迫性尿失禁、腹圧性尿失禁、その両者が合併している混合性尿失禁の3つが挙げられます。これらのうち、OABで認められる尿失禁は切迫性及び混合性尿失禁になります4)。
また、高齢者の尿失禁においては、認知機能障害や運動機能障害に伴う機能障害性尿失禁が主体の場合もあるので、これらの違いの理解が重要です。
図1 尿失禁のタイプ
日本排尿機能学会/日本泌尿器科学会編. 過活動膀胱診療ガイドライン[第3版]. p9-10. 2022.
蓄尿と排尿は膀胱平滑筋と尿道括約筋の協調運動によってコントロールされています。蓄尿時は交感神経が優位であり、β3受容体を介した作用による膀胱の弛緩、陰部神経に支配される尿道括約筋の収縮により、膀胱に尿が溜められます。尿が膀胱に溜まってくると、求心性神経を通じ脳に信号が送られ、尿意を感じます。尿意が強くなって大脳が排尿を決意すると、交感神経と陰部神経の働きは抑えられ、副交感神経優位となり、ムスカリン受容体を介した作用により膀胱が収縮し、尿が排出されます。
OABの発症には、膀胱とそれをコントロールする神経の働きが関与します。OABでは蓄尿時において膀胱から脳へ向かう求心性神経の異常興奮や排尿筋過活動と呼ばれる膀胱の不随意の収縮が起こり、尿が十分に溜まらないうちに急激な我慢できないような強い尿意、尿意切迫感を生ずると考えられています。
図2 正常時とOAB発症時の膀胱の働き
40歳以上の男女におけるOABの有病率は2002年の調査5)では12.4%とされました。そして年齢別の有病率は加齢とともに増加が認められたことから、OABは高齢者に多い疾患であることがわかります。
図3 OABの有病率
本間之夫ほか. 日本排尿機能学会誌. 2003;14:266-277.
OABの診療には、過活動膀胱診療ガイドライン第3版で示されている一般医家向けの診療アルゴリズムを参考にすることができます6)。
尿意切迫感と頻尿や失禁が認められた患者さんには初めに基本評価を行い、血尿や膿尿の有無を確認します。血尿も膿尿もない場合には残尿測定を行い、残尿が100mL未満の場合はOABに対する行動療法や薬物療法を行います。問題のある病歴、症状、検査所見や顕微鏡的血尿が認められた場合は、その原因検索のために専門医へ紹介します。また、膿尿がある場合は尿路感染症として抗菌薬による治療を行いますが、膿尿が残存した場合には原因検索目的で専門医への紹介が必要です。
図4 一般医家向けのOAB診療アルゴリズム
日本排尿機能学会/日本泌尿器科学会編. 過活動膀胱診療ガイドライン[第3版]. p12. 2022.より転載
図5 尿意切迫感の評価の重要性
表1 OABSSの構成
図6 排尿日誌の記入例
※全ての鑑別すべき疾患とその詳細は過活動膀胱診療ガイドライン(第3版)を参照
図7 OAB症状を呈する疾患
多飲多尿は膀胱容量が正常であっても昼間あるいは夜間の頻尿の原因となってしまっている場合があります。そのため、水分摂取状況に関する生活習慣の聴取が必要です9)。
肉眼的血尿の既往、検尿で顕微鏡的血尿が認められた場合は膀胱癌や、下部尿管結石・膀胱結石などの尿路結石の疑いがあります10)。その際は専門医へ紹介するのがよいでしょう。
また、高齢男性の血液検査でPSAが4ng/mL以上の場合は前立腺癌の疑いがあるため、その際も専門医に紹介してください11)。
問診で尿が溜まった際の痛みを比較的強く訴え、尿路感染症が認められない場合には間質性膀胱炎の存在が疑われるので専門医への紹介を考慮します12)。
高齢の男性では前立腺肥大症、女性では骨盤臓器脱の有病率が高く、問診や残尿測定で排尿時の症状が明らかな場合や高齢者で残尿量が50mL以上の場合は13)、泌尿器科専門医への紹介が必要です。
図8 高齢者の過活動膀胱診療に際して考慮すべき因子
膀胱出口部閉塞への配慮 |
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高齢者では、蓄尿の障害であるOABが生じる一方で、排尿の障害である膀胱の収縮力低下や前立腺肥大症(男性)や骨盤臓器脱(女性)による膀胱出口部の閉塞といった、相反する病態を併せ持つことがあります14,15)。高齢者で残尿量が50mL以上の場合は13)、これらの疾患との鑑別のため、泌尿器科専門医への紹介が必要です。 |
機能障害性尿失禁 |
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高齢者で尿失禁がある場合には、フレイルや認知機能障害に伴う機能障害性尿失禁の可能性を常に念頭に置く必要があります。これは運動機能障害のために通常の時間内にトイレに辿り着けない、あるいは、認知機能障害のためにトイレや尿意を認知できないことが主たる原因となっている尿失禁を指します。OAB患者さんに合併する場合もありますが、その場合には機能障害性尿失禁に対する対処を十分に行うことが必要です。 図9 機能障害性尿失禁の例 |
夜間多尿 |
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OABの症状の中でも困窮度が高い夜間頻尿は、そもそも加齢に伴い増える症状の1つですが16)、その原因はOABによる膀胱容量の低下のみならず、夜間多尿が関与する可能性があります。膀胱容量低下と夜間多尿のいずれが夜間頻尿の主因となっているかの評価には、排尿日誌の実施が必要です17)。 |
薬剤の副作用 |
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高齢者では複数の疾患を合併していることによる多剤服用(ポリファーマシー)を考慮する必要があります。薬剤の副作用がOABの症状に影響を与える可能性があることから、患者さんの服薬内容を確認することが重要です18)。 |
フレイル |
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高齢者ではOABの症状を訴えて受診したとしても、認知機能障害やフレイルが併存している場合があります。通常のOABの治療のみでは患者さんあるいは介護者の方の満足が得られず、フレイルや認知機能障害へのより積極的な対処が必要な場合も少なくありません。このため、フレイルや認知機能障害を疑う場合には、老年科医、神経内科医、整形外科医、リハビリテーション医との連携を考慮するのがよいでしょう。 図10 フレイルや認知機能障害を疑う際の紹介先 |
図11 OABにおける行動療法の種類
日本排尿機能学会/日本泌尿器科学会編. 過活動膀胱診療ガイドライン[第3版]. p174-184. 2022.
行動療法のみで不十分な場合には二次治療である薬物療法が実施されます。様々な薬剤の中で、有効性や安全性の検討がなされているのはβ3受容体作動薬と抗コリン薬であり、非高齢者と同様、高齢者に対してもこの2種類の薬剤を考慮します20)。
図12 OABにおける薬物療法の種類
日本排尿機能学会/日本泌尿器科学会編. 過活動膀胱診療ガイドライン[第3版]. p185. 2022.
高齢男性では、前立腺肥大症に合併するOABの可能性があるため、β3受容体作動薬や抗コリン薬の前に、まずは前立腺肥大症治療薬であるα1遮断薬もしくはPDE5阻害薬の投与を行うことが考慮されます21)。ただし、その場合の適応症は「前立腺肥大症に伴う排尿障害」であり、これらの薬剤は過活動膀胱に対する健康保険適用は有さないことに注意が必要です。
図13 高齢男性の薬物治療の注意点
日本排尿機能学会/日本泌尿器科学会編. 過活動膀胱診療ガイドライン[第3版]. p16-17. 2022.
また、明らかな認知機能障害を有する高齢者、あるいは他疾患に対して既に抗コリン作用を有する薬剤を服用している高齢者では、β3受容体作動薬を優先することが望ましいとされています22)。
図14 認知機能障害を有する高齢者の薬物治療の注意点
日本排尿機能学会/日本泌尿器科学会編. 過活動膀胱診療ガイドライン[第3版]. p122-124. 2022.
OAB治療においては、治療の到達目標を患者さんや介護者の方に認識いただき、医療従事者との間で到達目標の共有を図ることが重要です23)。医師と患者さんのコミュニケーションと患者満足度及び薬物治療効果との関連性を調べたインターネット調査において、医師がOAB患者さんの訴えに共感しつつ傾聴することが治療効果へ影響を与えたことが報告されています24)。
図15 患者コミュニケーションが治療効果へ与える影響
Izumi N, et al. J Clin Med. 2022;11(14):4087.(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)
治療により改善効果が得られると、患者さん本人だけでなく介護者の方にも影響があります。混合性尿失禁あるいは切迫性尿失禁を有する女性患者さんとその介護者の方を対象とした研究では、介護負担の改善と頻尿や尿意切迫感、尿失禁などの蓄尿症状の改善に有意な相関があるという報告もあります25)。こうしたことから、介護者の方の負担、患者家族の観点からもOAB治療が重要であるといえるでしょう。
図16 治療効果が介護者の方に与える影響
Zachariou A, et al. Clin Interv Aging. 2021;16:291-299.
治療開始後に専門医への紹介を考慮するケースのひとつは、少なくとも12週間の継続治療を行っても抵抗性を示す「難治性OAB」とされる場合です26)。難治性OABに対しては、本邦では、磁気刺激療法 (女性のみ)、ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法と仙骨神経刺激療法が保険適用されています27)。そのため、難治性OABが疑われる場合には、専門医への紹介を考慮することが望まれます。
また、女性の混合性尿失禁で腹圧性尿失禁の重症度が高い場合、骨盤臓器脱に合併するOABで治療抵抗性の場合、男性でα1遮断薬もしくはPDE5阻害薬を投与してもOAB症状の改善が得られない場合にも、専門医への紹介を検討する必要があります28)。
高齢者のOAB治療に際して考慮すべき因子の中でも、フレイルは近年注目が高まってきています。『過活動膀胱診療ガイドライン第3版』では、“過活動膀胱とフレイル・認知機能低下の関係”という章が設けられました29)。また、『フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の下部尿路機能障害に対する診療ガイドライン』においては、OABとフレイルの関連が示唆されることが掲載されました30)。このように、高齢OAB患者さんにおいては、フレイルとの合併を意識した診療が必要とされてきています。
OABとフレイルの関係については、身体的フレイルの中でも転倒との関連性についての報告が増えており31-34)、OABに対する治療の重要性が示唆されます。
図17 OABと身体的フレイルの関係
Omae K, et al. Neurourol Urodyn. 2019;38:2324-2332.
Omae K, et al. J Urol. 2021;205(1):219-225.
Kurita N, et al. BMJ Open. 2013;3:e002413.
Jayadevappa R, et al. Neurourol Urodyn. 2018;37(8):2688-2694.
なお、高齢者、歩行障害、OABという3つの要素が重なった場合には、安易にフレイル合併OABとせず、パーキンソン病、正常圧水頭症、レビー小体型認知症(DLB)、大脳白質変化(WMD)の可能性があることにも注意が必要です。
出典
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