監修
大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 看護実践開発科学講座 老年看護学教室
教授 竹屋 泰 先生
2025年には団塊の世代の方々が全員75歳以上となり、その割合は全人口の18%を占めると予測されています1)。高齢化が進む一方で、長く生きるだけでなく、健康寿命を延ばしていくことへの関心も高まっています。そうした健康寿命延伸の観点から、近年注目を集めているのがフレイルです。フレイルは様々な疾患と関連していることが知られていますが、最近では下部尿路症状(LUTS:Lower urinary tract symptoms)との関連も報告されてきています。
フレイルは、「加齢に伴う予備能力低下のため、ストレスに対する回復力が低下した状態」とされ2)、健康状態と要介護状態との間の時期を指す概念です(図1)。
荒井 秀典 (編集), 長寿医療研究開発費事業(27‐23):要介護高齢者、フレイル高齢者、認知症高齢者に対する栄養療法、運動療法、薬物療法に関するガイドライン作成に向けた調査研究班 (編集). フレイル診療ガイド 2018年版. p.2-3. ライフ・サイエンス.より作成
監修:大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 看護実践開発科学講座 老年看護学教室 竹屋泰 先生
図1 フレイルの概念
フレイルは決して一方的に悪化するものではなく、適切に評価し、早期に介入することで要介護リスクを減らし、健康寿命を延ばすことが期待できるとされています。かつては「虚弱」と呼ばれていましたが、この表現は「不可逆的な老衰」をイメージさせてしまうことから、そのイメージの払しょくのため新たな「フレイル」という概念が考えられるようになりました。
日本は世界一の長寿国であるとともに、2025年には75歳以上の後期高齢者が2000万人を超えるとされ3)、高齢化が進んでいる国でもあります。そうした中、ただ長生きするだけでなく、いかに健康な状態で生きていくか、すなわち健康寿命の延伸が重要であるという考え方が広まってきています。令和元年の調査では、平均寿命と健康寿命には男性で8.7年、女性で12.1年の差があり4)、平均寿命と健康寿命の差を埋めることは高齢化が進む日本において大きな課題のひとつでしょう(図2)。そうした健康寿命延伸の観点から、近年フレイルは注目を集めています。
日本の65歳以上の高齢者2,206例を対象に、Fried基準にてフレイルの評価を行った報告では、フレイルの割合は8.7%、プレフレイルの割合は40.8%、健常の割合は50.5%でした5)(図3)。つまり高齢者の約半数はFried基準の要素である何かしらの身体的機能が低下していることが示唆されました。
Murayama H, et al. Arch Gerontol Geriatr. 2020;91:104220.より作成
図3 高齢者のフレイル有病率
日本人の地域在住高齢者16,251名を対象に、J-CHS基準(≒Fried基準)にてフレイルの評価を行った報告では、65~74歳では4.0%、75~84歳では16.2%、85歳以上では34.0%と、年齢が上がるほどフレイルの割合が高くなることが示されました6)(図4)。
Satake S, et al. Geriatr Gerontol Int. 2017;17(12):2629-2634.より作成
図4 高齢者のフレイルの割合
フレイルの主要なアウトカムは、転倒・骨折、術後合併症、要介護状態、認知症、施設入所、死亡などがあり、いずれの事象の発生もフレイルと関連性があります7)。生活習慣病(糖尿病)、心血管疾患などの発症、および多剤併用(多剤服用/ポリファーマシー)は、フレイルのアウトカムであると同時にその原因にもなりえます。
フレイルは身体的脆弱性(筋力の低下により動作の俊敏性が失われて転倒しやすくなるような身体的問題)を主体としながらも、うつや認知機能障害などの精神・心理的な脆弱性、独居や経済的困窮などの社会的な脆弱性をも含む、多面的な概念です。それぞれ“身体的フレイル”、“精神・心理的フレイル”、“社会的フレイル”と分類されます(図5)。
監修:大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 看護実践開発科学講座 老年看護学教室 竹屋泰 先生
図5 フレイルの構成要素と多面性
身体的フレイルは、身体的な老化、特に骨格筋の機能低下を中核とする概念です。Friedらによる表現型モデルに基づき、①体重減少 ②筋力低下 ③疲労感 ④歩行速度 ⑤身体活動の5つの項目の評価基準に対し、1~2項目が該当する場合は「プレフレイル」、3項目以上が該当した場合は「フレイル」とされます8)。(リンク:https://www.ncgg.go.jp/ri/lab/cgss/department/frailty/documents/J-CHS2020.pdf)
オーラルフレイルは身体的フレイルのひとつで、日本で考案されたものであり、高齢期口腔機能低下に対する警鐘を鳴らした概念です9)。身体的フレイルを引き起こす要因として、口腔機能の脆弱状態があり、オーラルフレイルは口腔機能の維持・向上の重要性を啓発することを目的として提案されました。
精神・心理的フレイルは認知機能障害やうつなど、精神的および心理的に問題を抱えた状態とされています。精神・心理的フレイルの中でも認知的フレイルは、“認知症ではない高齢者において、身体的フレイルと認知機能障害(CDR※=0.5)が併存する状態”という独立した概念として提唱されました10)。認知的フレイルは、ADL(activities of daily living:日常生活動作)障害の進行や認知症への進展リスクが高い一方で、介入により身体機能も認知機能も改善が期待できる状態と考えられています。
※CDR:Clinical dementia rating
社会的フレイルは、定義は定まっていないものの、独居、社会的ネットワーク、社会的参加、経済状況などが要素となることが知られます11)。社会的フレイルは目に見える機能低下ではないので気づきにくいことに注意が必要です。身体的、精神・心理的フレイル単独に比べ、それに社会的フレイルを併せ持つと6年後の障害・死亡率が高いことなどが報告されています12)。
フレイルは多面的な要素により健康障害に対する脆弱性が増した状態であり、これらの要因はお互いに影響し合い、「フレイルサイクル」と呼ばれる悪循環に陥っていきます(図6)。
加齢に伴い筋力が低下すると基礎代謝および消費エネルギーが減少し、食欲の低下、低栄養が引き起こされ、ますます筋力が低下してしまいます。加えて、精神・心理的問題が活動度・活力の低下、社会的問題が活動度・食欲の低下を起こすことによってもフレイルサイクルは進行します。
監修:大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 看護実践開発科学講座 老年看護学教室 竹屋泰 先生
図6 フレイルサイクル
フレイルは様々な疾患と関連していることが知られていますが、最近では、泌尿器系の疾患もフレイルとの密接な関係が示唆されてきています。ウロ・フレイルは、加齢に伴う泌尿生殖器機能の低下から派生するさまざまな障害を示す概念として提唱されており、総合的な介入により、要介護への進行を阻止できる可能性があるのではと考えられています。
その中の1つとして、過活動膀胱などの下部尿路機能障害とフレイルの相互関係を紹介します。まずはフレイルから派生する下部尿路機能障害です。下部尿路機能の障害がないにも拘らず、身体的障害や運動機能障害のために通常の時間内にトイレ・便器に到達することができない、認知機能障害のためにトイレや尿意を認知できないなどのADL低下から尿失禁(機能障害性尿失禁)をきたすことがあります(図7)。
監修:大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 看護実践開発科学講座 老年看護学教室 竹屋泰 先生
図7 フレイルから派生する下部尿路機能障害
一方、尿意切迫感や尿失禁などの下部尿路機能障害から派生する転倒、尿路感染症、皮膚トラブル、心理社会的影響、QOL 低下など、様々な要因が重なってフレイルをきたす可能性も示唆されています(図8)。
監修:大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 看護実践開発科学講座 老年看護学教室 竹屋泰 先生
図8 下部尿路機能障害から派生するフレイル
2022年4月に医学会連合から発出された、『フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言』の中でも“ウロ・フレイル”について言及されています。この宣言は、フレイルへの適切な対策、フレイルの克服によって国民の健康長寿の達成に貢献していくことを目標としたものです13)。この宣言の中で、日本泌尿器科学会より、“ウロ・フレイル”を医療従事者への教育に組み込むこと、市民公開講座などを通じ、社会へ発信していくことが行動計画として示されています。
出典
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