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VIVA! ORTHO

Sports スポーツの現場から 医療のプロフェッショナルとしてスポーツを支える

東海大学スポーツ医科学研究所 所長/ユニバーシティビューロー ゼネラルマネージャー/体育学部武道学科 教授 宮﨑 誠司

柔道は1964年の東京オリンピックで正式種目として採用されたことをきっかけに、JUDOとして世界中に普及しました。日本では最近の柔道人口の減少が目立ちますが、柔道発祥の国として日本人選手は世界の頂点に立つことを国民から常に期待されています。自身も柔道4段を保有し、柔道の動作解析研究に注力する傍ら、東京2020大会においては柔道競技のアスリート・メディカル・スーパーバイザーを務められた宮﨑誠司先生に、柔道界を取り巻く現状や課題、近年の柔道競技の分析についてお話しいただきました。

医師を目指した原点にスポーツに関わる仕事への憧れ

中学・高校時代からスポーツ関係の仕事に就きたいという思いを抱え、クラスの半分が医学部を目指すような環境のなか、整形外科医になってスポーツに関わろうと医学部に進学しました。私と柔道との本格的な関わりは大学柔道部入部に始まり、競技するならもう在学中しかないと、勉強そっちのけで柔道にのめり込みました。

大学病院で研修医として勤務するようになってからも柔道部に通っていた私を知る全日本柔道連盟(全柔連)医科学委員の先生を通じて、当時チームドクターを務めていた米田實先生から声をかけていただきました。1995年に千葉で開催された世界柔道選手権大会でナショナルチームのサポートに加わるようになり、1996年からは米田先生の後任として、2008年の北京オリンピックまでチームドクターを務めてきました。最近は後任の先生方にバトンを渡して、私は運営や会場での救護活動を担当していますが、東京2020大会では柔道競技のアスリート・メディカル・スーパーバイザー(AMSV:選手用医療統括者)として、事前の国内医療スタッフの確保や教育、開催時における医療部門運営のマネジメントを行いました。

今は体育学部で、私同様にスポーツに関わり続けたいと考える学生の教育にあたっていますが、臨床の機会の担保と法的に医療ができる環境確保のため、自宅内に病院(クリニック)をつくりました。週3日、授業終了後の夕刻から開院し、指導者・トレーナーの指示などで来られる患者さんを診ています。MRIなどは近医と連携していますが、普段の診療に必要なものはすべて揃った環境で診療できています。柔道部の学生に柔道を教え、かたや治療によるサポートもできるという、スポーツドクターとしてわがままな環境で仕事ができていると実感しています。

経験と自己流知識からエビデンスの世界へ

私がチームドクターを担当することになったとき、当時の全日本のヘッドコーチで現会長の山下泰裕先生が「経験や自分の知識だけでは世界に勝てない」と明言され、栄養、メンタルトレーニングを含め各方面の専門家を招集したチームを編成し、シドニーオリンピックに向けた体制がつくられました。

柔道においても、オリンピックチャンピオンや世界チャンピオンを育てた、または自身がなられた経験を重視したコンディショニングを偏重する風潮があり、柔道関係者個々の考え方を変えることは一筋縄ではいきません。トップダウンでシステムを変えて新しい流れがつくられたことで、医科学委員会もうまく機能できるようになり、柔道に特化したエビデンスがいまや蓄積されつつあります。

たとえば、われわれはこれまでに国内のトップ選手と大学生選手の投げ技の違いを比較しデータベース化して、柔道界のパフォーマンス向上や後世に伝承する試みを続けています。具体的には、マーカーをつけた選手の動きをさまざまな角度から同時に撮影し、リアルタイムに座標化できるモーションキャプチャーシステムを用いて動作を解析するというものです。ただ、柔道ならではの難しい点として、選手同士が組んで技を掛けることで互いの動作が重なるため、通常の3~4倍の台数のカメラを駆使して隠れたところまで見える化する必要があります。また、相手がいる競技であるがゆえに、ケガを前提とした実験の組み立てが難しいという問題もありますが、パフォーマンス向上のみならずケガの発生メカニズムの探求を目指して、現在、全柔連の科学研究部も積極的に研究を進めています。

柔道におけるケガ防止対策への取り組み

柔道によるケガは、学年や競技レベルなどで異なります。全国大会に出場するような大学生では下肢、特に膝の外傷が最も多くみられますが(図)、初心者が多い小・中学生では、柔道着に引っ掛かって指を折ったり、受け身を取り損ねて鎖骨を折ったりします。柔道を続けて1年ぐらいすると、体も出来上がって骨折しにくくなりますが、骨が強くなると靱帯、関節に負荷が掛かるようになり、膝や足首なら靱帯損傷、肩なら関節唇を痛めて脱臼します。私自身も学生時代に膝の内側側副靱帯損傷と肘関節脱臼を受傷しており、誰もが大学生ぐらいまでには1回、2回はケガを経験していることになります。

重大事故につながらないよう防止対策も強化されてきています。特に日本では学校活動で柔道が行われますので、子どもたちが安心して柔道に親しめる環境が必要です。そこで、柔道指導における安全管理体制の徹底のために、2013年に全柔連が指導者資格制度をつくりました。定期的に講習を受けて更新するこの資格を保有しないことには指導を継続できないことが規定されました。

日本のお家芸といわれる柔道ですが、近年はその人口減が目立ちます。全柔連への登録者は、中高柔道部における頭頚部の事故での高度後遺障害が問題となった1990年代でも15~16万人、2000年のシドニーオリンピックで井上康生選手が金メダルを取ったときで20万人を超えていました。現在はおよそ12万人と最盛期の半分近くまで減り、特に中学・高校生が少ない状況です。恐らく海外に比べて日本は、子どもたちが楽しみながら柔道に触れ合うためのノウハウが不足しているのだと思います。日本で柔道といえばつらい、厳しい、敷居が高いといったイメージで、学校活動での指導者自身もそうした経験が記憶にあるため、なかなか「楽しく教える」には至らないようです。今後、文部科学省が中学校教員の勤務負担軽減を目的として、学校から部活を分離し、地域移行させる動きがあります。指導の在り方が変わり、子どもたちと柔道の関わり方が変わることで、日本の柔道界が明るいものとなるよう期待しています。

図 柔道における外傷・障害の部位別受傷件数
対象:2005年4月~2014年3月に大学柔道部に在籍する学生484名(男子372名、女子112名)
方法:各大学の医療サポートスタッフの活動記録、学内メディカルクリニックおよび公共の医療機関の医療情報から、稽古を休むか、または医療機関での診断・治療を受けた件数を抽出した

(宮﨑誠司, 他. 東海大紀 体育. 2015 ; 45 ; 65-71. より引用)

AMSV視点での振り返り

世界各地に広まった柔道は、単に技術を身につけるだけでなく、相手との稽古や試合を通して身体や精神を鍛錬修養し、自己を完成するという嘉納治五郎の考えが受け入れられ、国際柔道連盟には201ヵ国・地域が加盟するまでに発展しています。日本の柔道選手は国際大会での活躍が毎年期待されつつも、2004年のアテネオリンピックでの記録を塗り替える成績を果たせずにいたなか、東京2020大会では日本柔道五輪史上最多の金メダル9個という、想像を上回る結果を残してくれました。

日本柔道が目指していた、特に大野将平選手が具現化したような、しっかり組んで相手に技を掛けて投げる柔道が全体として実を結んだのだと思います。そばで見てきた者として、女子も男子も個性を活かした技を追求した結果を残せたことが本当によかったと思います。私自身、大学に入る前からスポーツに関わる仕事がしたいと願ってきましたから、東京2020大会という舞台に関われたことには感慨深いものがあります。第1試合が始まったときは、「ようやくここまで来れた」と込み上げてくるものがありました。

今回はCOVID-19の影響で外国人選手のコンディションが万全ではなかったことを残念に思います。国際大会では通常、何日も前から現地入りし、食事や環境に慣れてから本番に挑みます。今回は各国が事前キャンプをできず、隔離期間の問題もあって、海外の選手にはさまざまな制限が課されました。それでも彼らは苦言を呈することなく、試合ができたことへの感謝を口にしてくれました。開催国である日本が大きなアドバンテージをもって試合に臨めたのも事実ですが、その分の大きなプレッシャーにも負けずによく頑張ったと思います。

AMSVとして本大会のレガシーは何だろうかと考えましたが、それはやはり医療者がスポーツの競技や大会運営に参加できる機会が増え、そこではどのような知識や経験が必要とされているかがわかったことだと思います。今までスポーツ医療というと、特定の人しか関与できない分野といったイメージがあり、スポーツ界自体に新しいチャンピオンは往年のチャンピオンたちによって育成されるものという閉鎖的な雰囲気もあったように思います。しかし本大会では、連日過酷な環境が続くなか、アスリートだけでなく医療者もプロフェッショナルとして運営に参加し、立派に縁の下で支え切りました。スポーツに関わりたいと思っている医療者の皆さんには、是非、スポーツの現場で求められている経験・知識を身につけて飛び込んできていただきたいです。


宮﨑 誠司

1991年愛媛大学医学部卒業、東海大学医学部付属病院勤務。2005年より東海大学体育学部、2014年より同武道学科 教授。2016年より東海大学スポーツ医科学研究所 所長。東海大学ユニバーシティビューロー ゼネラルマネージャー(健康推進担当)。1996~2008年まで全日本柔道チームドクターを歴任。全日本柔道連盟医科学委員会副委員長。東京2020大会で柔道競技アスリート・メディカル・スーパーバイザーを務める。

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