中村 実際に研究を進めるにあたり、心がけておられることはありますか。
佐藤 基本的なことですが、工学者に対して、臨床的な背景と開発の意義を時間を掛けて説明して共有することを徹底しています。
島田 研究の過程では、グループを細分化してワーキンググループをつくり、商品化までのスケジュールを皆で話し合って折り合いをつけます。グループに必要な人材が足りなければ、全国から専門家を探します。常に最新の情報をグループで共有して、プロセスや必要な要素を具体化していくことが重要ではないかと思います。
中村 薬事法による規制や知的財産について、苦労された経験などはおありでしょうか。
島田 たとえばリハビリテーション・ロボットの場合には、薬事承認を取得し、保険審査を通る必要があります。日本でそれを一からやろうとすると、一生をかけても実用化に辿り着けません。医工連携のものづくりは「西回り」といわれ、まず承認が比較的容易なドイツで保険適用を得て、それから米国食品医薬品局(FDA)の承認を取得できれば、日本での薬事承認が通りやすくなります。
佐藤 私は特許で苦労しました。ある手術の支援技術を開発した際に、開発者として私が個人名で特許を取り、ソフトウェアメーカーが特許権者になり、研究を進めていました。そして引き合いが出てきたときに、販売の都合上、ソフトウェアメーカーから私にロイヤリティを支払う必要があるという話になったのです。確かにコアな技術は私のアイデアでしたが、工学者や先輩の先生方が作ってきた基盤があってこそという認識があり、果たして私のみがロイヤリティを得てよいものか大変悩みました。特許を申請する段階で、最終的にどのように運用するかをきちんと話し合っておくべきです。
島田 私は現在、秋田大学の産学連携担当副学長をしており、知財部門長を務めています。さまざまな分野の知財を毎月数十件審査していますが、医師はあまりにも知財に対して疎く、知識も意欲も乏しいと感じます。現在、審査の過程で、知財戦略やロイヤリティの配分、どのような企業と組めばよいのかなどについて、知財部門が汗をかいて一人ひとりの研究者に教えているところです。
名倉 医師は新しい発見をしたときに、学会発表を行い、論文を書いて出したいという思いが先走ります。しかしながら、学会発表を行えばその発明は公開済みとなり、特許を受けることができなくなるということが、ようやく周知されてきたところです。また、論文の共著者や謝辞にも表れている通り、日本人はチーム意識が強くあります。佐藤先生のように、ロイヤリティが自分にだけ入ることに悩まれるお気持ちもわかりますが、米国では研究者の当然の権利だという空気があり、そこをモチベーションとして「よし、次だ」といういい流れがありましたね。
中村 日本には、研究は患者さんを治すためにするものであって、金儲けのためにするものではないという意見が根強くあります。もちろん、患者さんのために研究開発をするわけですが、自分のアイデアを社会に還元して、それが個人や組織の収益になるというのは欧米では当たり前のことです。ロイヤリティが大学や病院などの組織に入り、基礎研究がさらに活性化すれば素晴らしいですし、それが個人に入り、研究による社会貢献で収入が得られれば、若い研究者に夢を与えることになります。
私は、医師が知財に無知であることは、社会に対する罪悪だとすら思っています。素晴らしい研究をしていても、学会発表などで公知の事実にしてしまえば、知財は取れなくなり、企業は商品にできません。素晴らしいアイデアが社会実装できなくなってしまいます。また、最近は特許を取得する流れにはなってきましたが、出口戦略を練っていないことでいわゆる「塩漬け状態」になっているものも多くあります。その結果、ほかの誰も手が出せなくなることも大きな問題です。
島田 特許の塩漬けについては、大学の知財部門が塩漬けになっていないかどうかをチェックしています。秋田大学の場合は、7年経っても物にならないものについては権利を放棄させます。厳しいようですが、そうしないと塩漬けばかりが増えていきます。できるだけそうならないように、特許を取得する際には必ず知財コーディネーターとマンツーマンで話をして、戦略を立て、大学が何%費用を負担するのかを決めています。まずは、核となる部分の知財に対して特許を取るという経験をさせることが重要だと考えています。