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Meet the Expert 座談会 がん時代に求められる整形外科の役割

がん患者さんの治療に整形外科が関わること

田中 日本人の2人に1人が生涯でがんに罹患する時代になり1)、早期発見・治療の進歩によりがん患者さんの生存率は向上、いまや根治を目指すとともに、共存しながらQOLの維持・向上を図る疾患となっています。生存期間延長の一方で、骨転移や骨軟部腫瘍といったがん自体、あるいはがん治療によって運動器の障害が起こり、移動機能の低下をきたすことが問題視されるようになってきました。整形外科医は従来、がんに関連する診療は専門外として一線を画してきた傾向があるなか、2018年に日本整形外科学会ががんに関連するロコモティブシンドロームとして「がんロコモ」を提唱しました。本日は、整形外科医としてがん患者さんの診療に携わる3名の先生方に、がん時代に求められる整形外科の役割についてご意見を伺いたいと思います。まずは、がんロコモの実態について河野先生にお伺いします。

河野 がんロコモは「がん自体による運動器の問題」「がんの治療による運動器の問題」「がんと併存する運動器疾患の問題」の3つのタイプに分けられます(図12)。それぞれが将来の要支援・要介護の原因になるため、早急に介入する必要があります。また、がんの治療方針の選択には、パフォーマンスステータス(PS)という全身状態の指標がよく用いられます。このPSの低下が治療の妨げになる可能性があることに注意が必要です。つまり運動器の管理はQOLのみならず、生命予後の改善にも寄与すると考えられます。
先日、他の大学病院の乳腺外科の先生から「乳がんの骨転移を疑い自院の整形外科に依頼をかけたところ、骨軟部腫瘍の専門家がいないから転移の判断はできないと言われ、困っている」と相談を受けました。その患者さんは線維性骨異形成という良性疾患だったのですが、線維性骨異形成を知らない乳腺外科医がもし転移と診断すれば、その瞬間に患者さんはステージ4になり、治療方針が大きく変わります。判断ひとつで患者さんの運命が変わってしまうという重要な局面に対し、整形外科医の意識はまだ追いついていないと感じています。
健康な高齢者であっても将来的に問題になる運動器の衰えを見越して提唱されたのがロコモティブシンドロームですが、その運動機能の低下ががん患者さんにとっては命を脅かすものであることを整形外科医はもっと認識して、そこに関わっていく方法を模索しなければなりません。がんロコモの対策を検討するにあたっては、がんロコモの実態を把握する必要があります。この度、日本整形外科学会プロジェクト研究事業として「がん診療における運動器管理指針の基盤確立を目指す臨床研究」が採択されましたので、多施設共同研究を進めており、並行して当院単施設においてもリハビリテーション処方のあった入院患者さんと化学療法室通院中の外来患者さんを対象に後ろ向き観察研究を行っています。暫定的な結果からは、一般住民と比べ「がん患者」というだけで移動機能が低下している、それも非常に若いうちから生じている可能性が窺えてきています。

田中 今後のコホート研究による実態解明が待たれますね。がんの緩和医療については必ずしも末期ではなく、発症早期から介入していこうという流れがあります。それと同様に、運動器についても転移を待つのではなく、早期から一緒に診ていくという意識が必要になるのではないでしょうか。

河野 おっしゃる通りです。発症早期には、運動器の問題が患者さんの予後に大きく関わるということを知っていただくための小さなアプローチでいいと思います。まずは、がん患者さんに対し、整形外科医として何ができるかを考えるという意識改革が重要です。
がん(骨軟部腫瘍)のセンター化が進んだために、腫瘍には一切ノータッチとなった大学病院もあります。腫瘍診療の効率化、重点化を図ったがために、都内の大学病院には骨軟部腫瘍を診れる人が数えるほどしかいない、逆に視野が狭くなってしまったという状況が生まれています。

土屋 骨軟部腫瘍の領域は、やはりまだ特殊な領域という見方が一般的なようです。とはいえ、2018年にがんロコモを提唱して、整形外科の介入を待っているがん患者さんがたくさんいるということを啓蒙してきて、少しずつ意識が変わってきていることも感じています。さまざまな学会で骨転移を取り上げてもらってきたなかで、病的骨折の治療に着目してくださる先生方の声も聴きますので、スムーズな介入に導くための活動が求められていると思います。
骨転移の発症率は乳がんや前立腺がんでは75%3)とも言われており、避けては通れません。整形外科が黙っていて患者さんが紹介されてくることはありませんので、整形外科が関わることでQOLがこれだけ上がる、PSも上がるということを他科の先生に知っていただく必要があります。

図1 がん患者さんの運動器に起こること(文献2より引用)

骨軟部腫瘍の専門家でなくても活躍できる

田中 角谷先生は脊椎転移を専門に手術を多数実施されていますが、他科の意識の変化を感じることはありますか。

角谷 当院では2013年に骨転移のcancer board(CB)を立ち上げて以降、院内の脊椎転移に対する意識は変わりました。脊椎転移がADL・QOLを大きく下げていることや、適切な治療を行うことで再びADL・QOLが改善することが認識されたことで、脊椎転移の手術件数は大幅に増加しました。がんロコモが提唱された2018年には、さらにその傾向が顕著なものとなりました(図2)。
また、手術件数の増加のみならず、内科と外科の連携が深められた結果として、悪化前に紹介されるようにもなりました。すなわち、以前は当科紹介時にはFrankel分類のB・Cにあたる高度な麻痺症状を有する状態であった方が50%程度でしたが、CB発足によりB・Cの患者さんが32%に減少し、D・Eで紹介される機会が増えました4)。これは治療成績向上につながっています。

田中 神戸大学はスポーツ整形に強いですが、整形外科内の他のグループの意識はいかがでしょうか。

角谷 もともと当科のスポーツ整形は、トップレベルのアスリートのスポーツ復帰に実績がありますが、近年はがん患者さんのスポーツ復帰にも取り組んでいます。最近では、甲状腺乳頭がんのL2への転移により腰痛を生じ、当科に紹介された60代後半の男性患者さんの例があります。L2に対して経皮的椎体形成術(percutaneous vertebroplasty:PVP)が施行され、腰痛は軽減し日常生活を送っていましたが、やがて膝痛が出現しました。この患者さんの目標は、以前のようにゴルフやマラソンをしたいということでした。長期予後が見込め、患者さん自身もハイレベルのスポーツ復帰を希望されたために、スポーツ整形グループが高位脛骨骨切り術を実施し、6ヵ月後にはゴルフやジョギングが可能になりました。当科においてもがんロコモに対する意識が徐々に高まり、浸透してきていると感じています。

田中 患者さんの希望に対して、それぞれの専門を治療にきちんと生かすことが重要ですね。
ところで先生方の病院では、がん診療の専門医からの紹介は増えているのでしょうか。

河野 乳がんや前立腺がんのように骨転移が多い領域では、学会が骨転移の話題を取り上げてくださるので紹介患者さんは増えている傾向にあります。ただ、整形外科ががん診療に関心をもたないのと同様に、腫瘍専門医も運動器への関心が低いといえます。したがって、依然として患者さんが動けないときに、がんで動けないのか、運動器の障害で動けないのかがきちんと評価できてないという問題があります。

土屋 当科では骨転移を多く扱っていますが、最も紹介が多いのは泌尿器科です。特に腎細胞がんの骨転移は北陸に限らず全国から紹介があります。この背景として、泌尿器科学会などで当科の医師が発表したり、講演を行ったりする機会があり、整形外科の手術介入により患者さんのQOL、生命予後が改善することを知っていただけたことが大きいのではないかと思っています。

田中 腎細胞がんや甲状腺がん、前立腺がんなど、まずは予後が比較的よいがんから働きかけていくとよいのかもしれませんね。学会を通じた普及もありますが、地域での啓発活動などはいかがでしょうか。

角谷 骨転移CBの立ち上げに伴い、院内では手術件数の増加や緊急手術の減少など一定の成果を得ていますが、一方で院外からの紹介患者が緊急手術となるケースは増加していた背景があり、地域格差を改善する目的で出張型CBを実施しています。兵庫県内の基幹病院でも骨転移CBを設置している施設は限られておりますので、当院の整形外科医、放射線治療医、リハビリテーション医などが出向いて出張型CBを実践し、体験してもらう取り組みをしています。

図2 神戸大学骨転移cancer board(A)と脊椎転移手術件数の推移(B)
(神戸大学医学部附属病院整形外科資料)

がんロコモへの取り組みが社会を変える

田中 がんの脊椎転移の治療を行う際には、通常の変性疾患を治療するのとは異なる視点が必要と思われますが、がん患者さんの手術治療の特殊性などはありますでしょうか。

角谷 転移の治療を考えるにあたっては、まず、がんの自然経過と標準治療を理解することが重要になります。がん患者さんには化学療法や放射線治療が行われていますので、手術治療が他の治療に影響を与えないよう、ベストなタイミングで最小侵襲かつ短期間で治療する必要があります。

土屋 まずPSにより手術の必要性の有無を判断し、それから麻酔と手術に耐えられ、手術により何らかの恩恵が得られるかどうかの判断をします。予後予測にはさまざまなスコアリングシステムがありますが、がんの場合にはご本人の気力も重要になります。

河野 気持ちという点では、がんは人の意識を支配してしまいますので、がんの診断が下りた時点で運動器どころじゃなくなって、がん治療に専念してしまう。そしてどんどん引き籠ってロコモが進行するという流れは、今のコロナ禍での状況にも通じるところがあると感じます。国を挙げてがんを重大視する土壌ができてしまっているので、がん患者さんの意識改革も進めていかなければなりません。

角谷 日々さまざまながん患者さんと接していると、がんと診断された時点で終活を考えてしまう方が多いように見受けられます。仕事を辞めてしまう、あるいは通院のため有休を使い切ってしまい退職せざるを得ないといった方が大勢おられ、その結果、経済的な困窮に陥る方もおられます。就労への影響を最小限にするために、がん診療連携拠点病院や大学病院でがん診療を夜間や休日にも行うなど、通院の負担を軽減する必要があると思います。また、それらに対する診療報酬を上げてサポート体制を強化する必要があるのではないかと考えています。がん患者さんががんとともに生き、仕事をはじめとする社会生活を続けられる環境をつくっていくことが必要です。

河野 近代都市計画においては公衆衛生を確保するために病人を病院に隔離し、健康な人が生きる場所としての街から切り離すことで両者を分断してきました5)。そこから脱却するためには、がん患者さんを価値あるひとりの人間として再び社会に送り出せる居場所を街につくる必要があります。すでに英国では「マギーズ・センター」という、寄付によって運営されるがん患者さんと周囲の人のためのデイケアセンターが展開されています。がん時代を迎えた今、誰しもが未病人であり、人にやさしい街づくりは将来自分に返ってきます。医療ががんロコモに取り組むことで、元気ながんサバイバーが自立した生活を送れる街を社会が作り、結果として一人ひとりの患者さんはもちろん、社会全体を健康にするポジティブな連鎖が期待されます。

がんロコモへの介入促進に必要なこと

田中 最後に、がんロコモへの介入促進のための課題や展望をお聞かせください。

土屋 今後もがん患者さんの増加傾向は続くと考えられ、整形外科はこの領域にもっと注力していかなければなりません。がんロコモを他科の先生方、患者さんに知っていただく啓発活動が必要であり、何よりも一般整形外科医ががん患者さんの治療や介入にあたっていく姿勢を示すことが重要であると思います。

河野 がんロコモは多くの診療科に対して整形外科がプレゼンスを発揮することができる領域であり、それぞれの専門を生かして活躍することができます。整形外科が介入したことで患者さんの運命が大きく変わったというような成功事例を紹介していくなど、今後も地道な啓発が求められます。

角谷 希望としてはがんロコモの専門医資格を創設することで、整形外科医のみならず内科医、放射線治療医などあらゆる科の医師ががんロコモ診療に参入し、各地域の旗振り役となってくれることを期待しています。また、診療報酬も含め、あらゆる面からがんロコモへの介入を支援することが、将来の日本を支えることにつながるでしょう。

田中 がん患者さんが増加の一途を辿るわが国において、がんロコモには腫瘍を専門としない整形外科医も積極的に関与していく必要があることを改めて感じました。本日はありがとうございました。

文献

1)国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」.最新がん統計.https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html,(閲覧:2021-02-12)

2)河野博隆. BJN. 2020 ; 10 : 343-7.

3)日本臨床腫瘍学会(編). 骨転移診療ガイドライン. 南江堂, 2015.

4)角谷賢一朗, 他. 臨整外. 2016 ; 51 : 601-5.

5)河野茉莉子, 他. BJN. 2020 ; 10 : 419-24.

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