医療DX が描く未来~医療イノベーター取材記事~

感染対策のカギを握る 診療管理業務のリモート化
“6フィートの遠隔医療”の経験から

監修:京都大学医学部附属病院 医療情報企画部長 ・医学研究科 情報学研究科教授
黒田知宏先生

近年、オンライン診療やビッグデータを活用したPHR*1など、医療現場におけるICT*2の活用が見られるようになる中、「医療DX*3」として新たな価値を生み出す可能性が期待されています。このシリーズでは、医療×ITの取り組みを実践・推進されている先生方に医療DXによってもたらされる医療変革についてうかがい、将来像を展望します。

シリーズ第4回目は、ご専門の医療情報学の実践的な取り組みとして、京都大学医学部附属病院のITインフラの実装や運用を担っておられる黒田知宏教授に、院内の感染対策にICTを活用した事例をうかがいました。

*1 PHR…パーソナルヘルスレコード。医療機関や薬局で管理されている患者個人の医療データ。医療機関や薬局で管理されている患者個人の医療データのみならず、個人の生活習慣や生活環境など、日々の生活をデータ化したもの。
*2 ICT… 「Information and Communication Technology(情報通信技術)」。通信技術を活用したコミュニケーション。
*3 DX…デジタル・トランスフォーメーション。IT(情報技術)の浸透によってもたらされる変革。

1.「可能な限りITを使わない」方向で検討

-先生がご所属の京都大学医学部附属病院では、ICUの一部をCOVID-19病棟に転用し、京都府内の最重症患者さんの診療を担っています。IT活用の観点で、実践されたことを教えてください。

COVID-19 流行の当初は京都府の医療体制のバックアップ機能を果たし、前線の医療機関が担っていた機能の一部を代替していたのですが、感染の増加につれ、ICUをCOVID-19病棟に充ててCOVID-19の最重症患者さんをお引き受けすることになりました。ちょうどその頃、PPE*4の流通は全国的に逼迫しており、当院においても消費量を抑えることは喫緊の課題でした。感染対策をしっかりとりながら病棟の診療を円滑に行うには、陰圧室へのスタッフの入退室回数を減らす必要があり、室内外間のコミュニケーション手段が求められました。ガラス越しのたった2mの遠隔医療――私たちは“6フィートの遠隔医療”と呼んでいます。院内からはIT活用への期待も高く、「タブレットで音声通信ができるようにできないか」という意見もありました。しかし、私たちは「可能な限りITを使うのをやめよう」という方針を立てました。何かトラブルが発生したとき、陰圧室内にいる人がシステムの設定を変更したり、修復したりすることは困難ですし、修理のためにエンジニアがPPEを消費して室内に入ることは避けなければなりません。それを前提に議論を進め、現場の看護師さんたちからも活発なアイディアをもらいました。

*4 PPE…「personal protective equipment(個人用防護具)」主なものにはガウン、手袋、マスク、キャップ、 エプロン、シューカバー、フェイスシールド、ゴーグル等がある。

2.エンジニアの入室不要なリモートシステム

-具体的にはどのような方法を採られたのですか。

まず、音声に関してはできるだけシンプルに、音声チャンネルがつながりさえすればよいと考えました。そこで、市販の安価なテレビ音声拡大用の赤外線通信のスピーカーを陰圧室のガラスを挟んで2台置きました。さらにバックアップの通信手段として院内のCAT6*5の1本を音声電話回線に振り替えて旧来型のハンズフリーフォン*6につなぎました。

次に、医療機器確認のための入退室を減らせるよう、カメラを設置しました。通常の電線ケーブルでつなぐカメラの設置は工事期間がかかるため、ITであるwebカメラを用いることにしました。部屋ごとにwebカメラに割り振られるIPアドレス*7が自動的に決まるように設定し、室外の電子カルテ端末に当該アドレスのwebページを開くアイコンを貼りました。故障の際は新しいwebカメラをネットワークにつなぎさえすれば同じIPアドレスで同じ映像が見られますし、部屋の配置換えなどでカメラを移動する際にもエンジニアは不要となります。ただし、カメラを介してCOVID-19の感染が拡がらないよう、取り扱いの注意は徹底してもらいました。

また、COVID-19の中等症以下の病棟には、ドアの内外に住宅の玄関用のモニタを取り付けました。軽症~中等症以下の患者さんであれば、室内を歩けますので、ドアのところまで来ていただいて話をするということで割り切りました。スピーカーの距離が近いので、音が回らないように細かい調整は必要ですが、これも非常に簡単に作れました。

こうしたことをこれはできる、これはできない、と一つずつ積み上げて考え、2週間ほどで整備しました。

*5 CAT6…高速転送用ケーブル規格である「カテゴリ6」。
*6 ハンズフリーフォン…「Handsfree microphone」送受話器を手に持たずに通話ができる通信機。
*7 IPアドレス…「Internet Protocol address」通信の相手先を識別するための番号。

3.「診療管理業務のリモート化」も有用

-今回のご経験を振り返って、どのような印象をお持ちですか。

今回の取り組みは、オンライン診療のように直接患者さんを診るための遠隔医療ではありません。しかし医師や看護師の診療管理業務においても、ITにできることは少なくありません。血液検査装置も院内のネットワーク経由で電子カルテにつないでしまえば、スタッフは通常の検査と同じように判読でき、作業負担も軽減します。ちょっとしたことですが、データの確認、操作、コミュニケーションをいかにしてリモートで行い、スタッフが現場に行くことなくできるようにするかがカギとなります。

大事なことは、入手が簡単で、エラーが起きた時も簡単にリカバリーできるものを使うことです。当院では機械故障以外はほぼトラブルなく運用できています。故障しても、例えば安価な赤外線スピーカーであれば、1台5,000円以下で買い替えることができ、設置も簡単です。

院内の通信にタブレットを用いている医療機関の先生方からは、デバイスの設定に頭を悩ませているというお話をうかがうことがあります。ITをプライベートの生活で日常的に使っているときには気づきにくいことなのですが、陰圧室で用いる場合は特に、エラーが起こっても設定を直してくれる人がいない環境を想定しておくべきなのです。今回の当院の場合、エンジニアが入れない前提ですので、特にその点には留意しました。このように「いかに簡単に入手できるもので作れるか」ももう一つのカギだと思います。

4.医療機関のITマネジメント能力が問われる時代

-今後は、診療に用いる医療機器についてもICT化が進んでいくのでしょうか。

そうなるだろうと思います。2020年5月には厚生労働省から医療機器のサイバーセキュリティの確保のため、3年程度を目途に米国で作られた国際医療機器規制当局フォーラム(IMDRF)のガイダンスを導入する旨、通達がありました。1)
医療機器を院内のネットワークにつなぐ場合には、医療安全上、情報セキュリティを十分に担保することが求められます。国としてもルールを整備し、事故防止の製造者責任を強化するなどの対策が必要だろうと考えます。また、医療スタッフに一定のコンピュータリテラシーが必要です。自施設のネットワークに接続したときに生じる医療機器の不具合に対しては、製造業者ではなく院内の自己責任で解決できるかが問われる時代だと感じています。2010年にIEC*8から発行された国際規格IEC80001-1:2010は、医療機器・システムの製品安全規格ではなく、製造業者と使用者である医療機関がともに協力してリスクマネジメントを行うことを求める認証制度です。2)今後、医療機関には医療機器を新規導入する要件として、この認証の取得を求めようとする動きがあるとお聞きしていますし、私自身、医療安全の実現のためにはそうあるべきだと思います。このようなことを考えると、今後はICTの専門性をもった人材が各医療機関に一定数在籍することが必要になると思います。例えば日本医療情報学会で育成されている医療情報技師*9を専門職として活用する方法もあります。
医師が高度な医療ICTを安全に扱うために、ICTの専門的な技術はプロに任せていただくことをぜひお勧めしたいですね。それは医療事故防止、チーム医療推進の基本でもあり、ひいては医師の働き方改革にもつながるのではないでしょうか。

*8 IEC…国際電気標準会議(International Electrotechnical Commission: IEC)が定めた電気および電子技術分野の国際標準規格
*9 医療情報技師…「Healthcare Information Technologist」一般社団法人日本医療情報学会が認定し、「医療情報技師」と「上級医療情報技師」がある。

京都大学医学部附属病院 医療情報企画部長 ・医学研究科 情報学研究科教授
黒田知宏先生

医療現場における情報化システムの構築、医療情報セキュリティのトップランナー。ユビキタス病院情報システム、IoTを利用した遠隔医療情報システム、AIによる患者状態予測や医用画像処理などのデータ分析、VR技術の医学教育適用、診療・手術支援などの情報支援など、情報と医療が接する全ての領域で幅広く最先端の研究を実施。近年では医療情報技術を支えるデータサイエンス人材の育成にも注力している。

1994年 京大・工・情報工卒、1998年 奈良先端大・情報科学研究科了。奈良先端大情報、オウル大情報、京大病院、阪大基礎工等を経て、2013年より京大病院医療情報企画部長、医学研究科/情報学研究科教授。

出典

1)厚生労働省「国際医療機器規制当局フォーラム(IMDRF)による医療機器サイバーセキュリティの原則及び実践に関するガイダンスの公表について(周知依頼)」令和2年5月13日

2)池田智「医療機器・システムに関するサイバーセキュリティに関する動向」医療機器学,Vol.85,No.5(2015) 

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