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医療DX が描く未来~医療イノベーター取材記事~

ヘルステックが変える医療の明日 テクノロジーとリアルの融合が導き出す“エコシステム”

形成外科医師・ヘルステックプロモーター・
経済産業省Healthcare Innovation Hubアドバイザー・
ゆう上尾在宅クリニック院長・上田悠理先生

近年、オンライン診療やビッグデータを活用したPHR*1など、医療現場におけるICT*2の活用が見られるようになる中、「医療DX*3」として新たな価値を生み出す可能性が期待されています。このシリーズでは、医療×ITの取り組みを実践・推進されている先生方に医療DXによってもたらされる医療変革についてうかがい、将来像を展望します。

第2回目は、ヘルステックプロモーターとして活躍され、国内外のヘルスケアテクノロジーに精通しておられる上田悠理先生に、ヘルステックの現況と今後についてうかがいました。

*1 PHR…パーソナルヘルスレコード。医療機関や薬局で管理されている患者個人の医療データのみならず、個人の生活習慣や生活環境など、日々の生活をデータ化したもの。
*2 ICT…「Information and Communication Technology(情報通信技術)」。通信技術を活用したコミュニケーション。
*3 DX…デジタル・トランスフォーメーション。IT(情報技術)の浸透によってもたらされる変革。

1.医師本来の仕事に専念できるよう、 テクノロジーで解決したい

―上田先生は臨床医であると同時に、「ヘルステックプロモーター」として活動しておられます。どのようなことをなさっているのでしょうか。

「ヘルステック」とは、現在世界中で注目されている「ヘルスケア」×「テクノロジー」の領域をいいます。私は企業、ビジネスサイドと医療の組織・専門家を橋渡しする”翻訳家”として活動しており、その活動を「ヘルステックプロモーター」と称しています。

支援対象はスタートアップ企業*4や、ヘルスケア領域で事業展開したい大企業などです。ヘルスケア領域への参入にあたっては医学的な「確からしさ」を担保する必要がありますが、アウトカムの設定やエビデンスの評価において企業と医師などの医療専門家の間に意識のずれがあることも多いです。そのようなときに、医師である私が間に立って “翻訳する”ことで、両者の考えをすり合わせる役割を担っています。

*4スタートアップ企業…新規起業のベンチャービジネス


この活動の一貫で、ヘルスケア領域のベンチャー企業の支援を行っている経済産業省のHealthcare Innovation Hub※(略称:イノハブ)でアドバイザーもしています。イノハブでは、ベンチャー企業に対して医学的な観点からアドバイスをしたり、彼らがもっている課題を経済産業省の管轄部署に伝える、いわばロビー活動の役割も担っています。

※Healthcare Innovation Hub…ヘルスケアやライフサイエンス分野に関する国や民間企業等のベンチャー支援関連施策の情報を集約し、幅広くベンチャー企業等の相談を受け付けるワンストップな相談窓口。経済産業省が2019年7月に設立。

-先生はどのようなきっかけでヘルステックに関心をもたれたのでしょうか。

私は一度法学部を卒業してから医学部に入ったのですが、学生時代からビジネスにも興味があり、特にIT系が好きでした。当時、梅田望夫先生著「ウェブ進化論――本当の大変化はこれから始まる 」(筑摩書房)を読みわくわくした覚えがあります。ところが実際の臨床現場では、ICTがうまく使われておらず、煩雑な事務作業が医師の仕事を増やしているという現実があります。現在、訪問診療クリニックで診療を行っていますが、スタッフをはじめ、現場は皆、疲弊しています。本来、医師の仕事は患者さんとお話をし、治療することにあるはず。そのジレンマをテクノロジーで解決したいと考えたのです。幸運にも周囲にIT業界の方がいたり、IT企業でインターンをした経験があったりといったことが、いまにつながっていると思います。

2.ヘルステックが普及するからこそ、リアルタッチポイントづくりが重要

-ヘルステック市場が急成長していると聞きますが、実際どうなのでしょうか。

ヘルスケア市場自体、この10年の成長はめざましく、日本国内市場は2016年時点で約25兆円、2025年には33兆円に拡大するという推計(1)を経済産業省が出しています。特に米国においては異常とも思えるほどの好景気で、2018年からスタートアップ企業の資金調達は史上最高額を更新し続けており、2020年はCOVID-19の影響もあり、飛躍的な年となりました。

COVID-19の感染拡大を機にリモートワークやDXが爆発的に進むとともに、個々人の“命”に対する認識が変わりました。さらに、国の規制改革で時限措置とはいえ初診からのオンライン診療が解禁されました。こうした環境を背景に、ヘルステック市場は今後も上り調子が続くと考えています。(2)

-市場は拡大しているとのことですが、日本の医療現場のヘルステック活用についてはどのように見ていらっしゃるでしょうか。

実は私は、医療現場の電子化は進んでいると認識しています。医療現場でのヘルステックによる最も基本的かつ最大のイノベーションは電子カルテです。普及率は現在40~50%程度(3)ですが、新規開業クリニックに関してはほぼ100%導入されていると思います。これからクリニックの世代交代により、変化は加速度的に進むと考えています。

今後、マイナンバーと健康保険証が連動し、PHRが医療施設間で共有されれば、紙カルテで起こりがちな検査や処方の重複も減らせるし、結果としてドクターショッピング*5などによる医療者のコミュニケーションにかかる負担軽減につながるのではないかと思います。

*5ドクターショッピング…患者が自らにとってよりよい医療を求めていろいろな医療機関を渡り歩くこと。確定診断後、治療を中断して転院をくり返す場合、治療の遅れや医療費の無駄遣いを招く恐れもある。

-最近ですとオンライン診療の規制緩和が話題になっていますが、医療現場へのさらなるヘルステック普及の後押しになるでしょうか。

日本でもCOVID-19による時限的措置により初診からのオンライン診療が解禁されたものの、現場での普及はまだ進んでおらず、私のクリニックでもオンライン診療を行っていますが、患者さんの利用は少ない状況です。

ここへ来て課題として浮かび上がってきたのは、優れたテクノロジーだけあればよいのではなく、テクノロジーとリアルの融合あってこそのヘルスケアであるということですね。患者さんと医療の有機的なつながりをいかにオンライン上、デジタルでつくっていくか。それが今後のヘルステックの課題であり、成功のためのポイントになると思います。たとえばオンライン診療の場合、互いに顔が見えFace to Faceな会話ができることはもちろん、患者さんが来院することの代替としてのオンライン診療のみならず、PHRデータから、エピソードがなくても医師側から「調子はどうですか」というアプローチができるなどの改善があることが望ましいと思います。デジタル技術を使いながらも、人と人とのリアルかつ有機的なタッチポイントをきちんと作ることが必要ではないでしょうか。

3.より多くの患者を助けるエコシステムをつくっていきたい

-医療機関の外でも、ウェアラブルデバイスを用いて患者さんが自分でヘルスデータを取れる時代になり、データの利活用が期待されます。

血糖値や血圧、心電図、心拍数などヘルスデータをデバイスで取れるようになると、患者さんが来院しない間の経時的な変化も主治医が確認でき、治療に活かすためのアプリやサービスが注目されています。ここで重要なのはデータ解析からきちんと“意味”を導き出すことです。単にデータを取り続けているだけでは、ただの点の集積に過ぎません。例えば毎日体重計に乗り、昨日も今日も太っていると確認しただけではあまり意味がありません。「体重が増加傾向だから、昼食をカロリーの低い食事に替えてみませんか」という提案ができてこそ、データが情報として活きるのです。

このように患者さんの行動変容に結びつく情報=「アクショナブル・インフォメーション」が患者さん個々人に対して最適化された形で提供できるのが理想形だと思います。それをデジタルで患者さんに届ける際にも、有機的なコミュニケーションが介在することでより行動変容は促進されやすくなると考えています。

-上田先生が活動を通じて実現したいことはどのようなことでしょうか。

現在、外来診療と訪問診療を合わせて常時150人前後の患者さんを診ていますが、頑張って働いても助けられる患者さんの数は一生かかってもおそらく10万人くらいだろうと。でも、ヘルステックで医療を変えてやろう、という意気込みのある人たちを仮に100人支援して、その人たちがそれぞれ1億人の患者さんを助けられるソリューションがつくれたなら、100億人という地球規模のソリューションになります。そんなふうに、将来にわたって発展していくエコシステムをつくって行けたらという壮大な夢をもちつつ活動しています。製薬企業とも、この時代を一緒にもがいて、次の時代に向けて光明を見つけたいですね。医療従事者も製薬企業も、ともに“よく生きる”をつくっているのですから。

ヘルステックプロモーター・上田悠理先生
形成外科医師・ゆう上尾在宅クリニック院長
経済産業省Healthcare Innovation Hubアドバイザー

形成外科、在宅訪問診療医として高齢者医療に従事し、特に寝たきり高齢者の褥瘡管理に携わる。現在はゆう上尾在宅クリニック院長として、約 100 名の高齢者の在宅ケアを担っている。臨床を継続する傍ら、ヘルステック・グローバルカンファレンス「Health 2.0」の統括ディレクターや、経済産業省「Healthcare Innovation Hub」のアドバイザーを務め、ヘルスケア領域のイノベーションのハブとして活動。臨床現場で感じるニーズとテクノロジーが可能にすることとの間の壁を実感しており、これを打破するべく新規事業支援、国内外のベンチャー支援、執筆や講演など、積極的に活動している。早稲田大学法学部卒、岡山大学医学部卒。

出典

1)経済産業省「次世代ヘルスケア産業協議会の今後の方向性について」平成30年4月18日

2)上田悠理「医療におけるITヘルステック市場の成長とトレンド」京都府立医科大学雑誌,129(2),109-115,2020

3)厚生労働省「医療施設調査」平成29年

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