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Sports スポーツの現場から 進化するクライマーを追いかけるメディカルサポート

千葉市立青葉病院 診療局長 六角 智之

2016年に東京2020オリンピック(以下、東京2020)追加種目にスポーツクライミングが採択されると、国際大会における若手選手の活躍ぶりも後押しし、幅広い世代で愛好者が急増しました。東京2020ではメダル獲得が見込まれ期待が寄せられていますが、歴史の浅いスポーツゆえに、外傷・障害やコンディショニングへの理解が十分でないことが課題となっています。今回は、自らもクライミングに親しみ、日本山岳・スポーツクライミング協会医科学委員として取り組まれる六角智之先生に、その魅力やメディカルサポートの現状、課題をお話しいただきました。

複雑な構造に惹かれて手外科に

私が整形外科医になったのは、医学部生のときに身体構造の機械的な部分に惹かれたのがきっかけです。臨床経験を重ねるうちに、とりわけ手に対する興味が強くなり、手外科を選択するに至りました。骨や関節といった動作を生み出す部分以外に、腱や皮膚、神経、血管などが複雑に絡むことから総合的なアプローチが必要となり、手術では繊細で高度なテクニックが求められますが、昔から工作が好きだったこともあってか、そうした複雑な面も魅力の1つに感じています。

現在、当院整形外科における年間手術件数は約1,800件で、そのうち手の手術は800件近くを占めています。千葉県内外から多くの患者さんが紹介されてきますが、複雑な機能をもつ手に対する興味が尽きることはありません。

スポーツクライミングの魅力と競技特性

私とスポーツとの接点の1つに、小学校から大学卒業まで励んできた器械体操があります。医師になってからはさすがに練習時間の確保が難しく、競技者としての道を断念し、仕事の合間にできるアクティビティを探す中で出会ったのがクライミングです。ちょうど欧州で初のワールドカップ(1989年)が開催され、国内でも小規模の競技会(コンペ)が始まった頃です。全身を使うクライミングの要素に体操競技との共通点を見出し、のめり込むのに時間は掛かりませんでした。

クライミングは自然の岩場登りをルーツとし、スポーツクライミングとしての競技種目は「リード(12m以上の壁をどこまで登れたかを競う)」、「ボルダリング(5m以下の壁に設定された課題のうち完登した数を競う)」、「スピード(15mの壁を完登するまでの早さを競う)」の3種目が公式認定されています(図1)。来る東京2020では、これら3種目の複合競技として、総合成績により順位が決定されます。

図1 スポーツクライミングの3種目

図1 スポーツクライミングの3種目

スポーツクライミングの魅力の1つに、初心者であってもみるみるうちに達成感が得られるようになる点が挙げられます。最初はとにかく腕が疲れ、2~3時間で動けなくなりますが、3ヵ月もすれば、気が付けば全身を上手く使って何時間でも登れるようになります。

また、自然の岩場を登るのとは異なり、人為的な課題(ルート)の下、自分の身体をいかにコントロールし、結果を導き出せるかという面白さもあります。コンペでは、ホールドをセッティングする「セッター」と呼ばれる専門職が出場選手の技量を予測し、リードとボルダリングの課題を設定するのが特徴です。セッターによる課題の設定は、勝敗の行方や会場の盛り上がりを大きく左右します。セッターの練りに練った課題に対してクライマーが答えを出していき、最も理想的なのは優勝者が完登し、2番目はギリギリ最後に落ち、3番目以降は途中で順番に落ちていくパターンです。このような試合の流れを作るセッターの仕事にも注目すると、スポーツクライミングの観戦はより楽しめます。

3種目のうちスピードについてはセッターが関与せず、国際基準により人工壁やホールド、課題が設定されています。唯一、世界記録を作ることができる種目であり、東京2020での日本人選手の活躍が期待されています。

スポーツクライミングにおける外傷・障害の実態

以前は首都圏で数えるほどしかなかったクライミングジムも、あっという間に全国で500を超え、今やクライミング愛好者は60万人とも推算されています1)。30年前とではクライマーのテクニックも向上し、それに合わせて課題が求める動き・技術のレベルも段違いに飛躍しました。その点でもまだまだ進化していくスポーツとしての魅力に尽きませんが、一方で懸念されるのが、急増したさまざまなレベルの愛好者におけるスポーツ外傷・障害です。

クライミングは初心者でもコツをつかみやすく、短期間で一定レベルに到達できるアクティビティですが、国内での歴史は浅く、系統立ったトレーニングや外傷・障害予防対策が徹底されているとは言えません。身体の使い方を覚えただけの多くの愛好者は、周りのうまい人を参考に、無理な急傾斜や小さいホールドに挑み、身体への負担を強いる自己流のトレーニングを行っているものと推測されます。

そうした結果の外傷・障害の実態を把握すべく、われわれは2015年に国内72ヵ所のジム、クラブチームを対象として、愛好者レベルでの外傷・障害についてアンケート調査を実施しました2)。6~83歳までの幅広い世代(平均34.9歳)の1,638名から有効回答が得られ、そのうち2/3はクライミングに関連する外傷・障害を経験していました。

部位別では予想されたとおり、初心者が負荷をかけがちな上肢が半数を占め、そのうち手指(24%)が最も多いという結果でした(図22)。下肢では足関節が12%と多く、これは足先固定を目的に小さいシューズを履くため、つま先が内側を向き、着地時の内反により捻挫を来たしている可能性があります。

また、外傷・障害経験者の多くはクライミング歴5年未満で、なかでも1年未満が最多でした。その中で、予防のためのストレッチやウォーミングアップは2/3で行われていましたが、クールダウン実施は1/5以下という状況でした。

図2 障害部位の分布

図2 障害部位の分布
対象:アンケート回答者1,638人中、外傷・障害経験ありと回答した1,074人

(文献2より改変・引用)

外傷・障害予防に向けた体制づくりに向けて

アンケート調査の結果から、レジャー感覚の愛好者が多いスポーツクライミングでは、外傷・障害予防やコンディショニングについての認識が普及しておらず、取り組むにあたっての啓発が重要であることが示唆されました。

そこでわれわれは、クライミングの外傷・障害の危険因子やメカニズムの解明を進め、競技特性を考慮したトレーニング法の対策を確立すべく、2014年に「日本クライミング障害研究会」を立ち上げました。研究会にはクライミングに関心のある全国の医師やトレーナーが集まり、科学的なメディカルサポートのあり方を模索してきました。幸い、2016年に日本山岳・スポーツクライミング協会(当時は日本山岳協会)から声がかかり、スポーツクライミング医科学委員会のワーキンググループとして編入されることになりました。これにより、われわれがボランティア的に細々とやってきた啓発活動が晴れて公式のものとなり、より発展した形で継続していくことが可能となりました。

スポーツクライミングへの若い力に期待

このように、スポーツクライミングでは競技者、愛好者に対する啓発活動やメディカルサポートを推進する体制が整いつつある状況です。その中で、今後の重要課題として残されているのが、そうした活動を担う後進の育成です。

現状として、国内で認定されたスポーツドクターのうち、得意種目にクライミングを挙げている医師はほとんどいません。自身の競技経験がないことが理由の1つと考えられますが、医科学委員会のトレーナーや理学療法士の8割はクライミング未経験者です。それでも彼らはクライミングの競技特性や外傷・障害の傾向を理解し、自らの専門性をもって熱心に活動に取り組んでくれています。

私自身、ずっと手外科という専門臨床に従事してきて、スポーツ医学に関わり始めたのは55歳を過ぎてからでした。卒後28年目にして日本スポーツ協会スポーツドクターを取得したわけですが、いくつになっても未知の分野に飛び込むのは楽しいものです。若い医師ならなおのこと、急速に発展しつつあるクライミングの世界で挑戦できることは多いはずです。科学的なメディカルサポートを推進していくためにも、若いスポーツドクターに多くの関心を寄せてもらえることを期待しています。

文献

1)合田雄治郎.登山研修.2018;33:63-6.

2)六角智之,他.日本臨床スポーツ医学会誌.2019;27:525-31.

六角 智之

1988年に千葉大学医学部卒業。1996年より千葉市立青葉病院整形外科。2019年より同院診療局長。日本山岳・スポーツクライミング協会理事/スポーツクライミング医科学委員会委員/アンチドーピング委員会委員。

(2021年1月)

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