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Meet the Expert 座談会 RWC2019を振り返って ―メディカルサポートの観点から

アジア初開催のビッグイベント、RWC2019を振り返る

帖佐 2015年のラグビーワールドカップ(RWC)で日本が南アフリカに劇的勝利を果たした「ブライトンの奇跡」をもう一度、との思いで臨んだRWC2019は、出場20チームを制した南アフリカの優勝で幕を閉じました。日本は結果として、史上初のベスト8進出という快挙を成し遂げ、見る人を感動と興奮の渦に包みました。

日本では、RWC2019に続き、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020;2021年に延期)、ワールドマスターズゲームズ2021関西(2022年に延期)といった世界規模のスポーツ大会の開催が控えています。本日は世界規模のビッグイベントとして成功を収めたRWC2019をメディカルサポートの観点から振り返り、今後の大規模スポーツ大会におけるメディカルサポートのあり方を考えていきたいと思います。まずは、ブライトンの奇跡、そしてRWC2019ベスト8進出の立役者の一人、日本ラグビーフットボール協会(JRFU)の岩渕健輔さんにRWC2019を振り返っていただきたいと思います。

岩渕 今回、日本が結果を残せた大きな要因の1つが、過去最大のバックアップメディカル体制を敷いていただいたお陰だと思っています。メディカルサポートについては、大会の主催者であるワールドラグビー(WR)、また運営にあたるラグビーワールドカップリミテッド(RWCL)からの高度な要求にもかかわらず、日本の医療体制のなかでその実現に向けて調整してくださった先生方のご貢献に感謝しております。

特に本大会で印象的だったのが、医療の対象がグラウンド内にとどまらなかった点です。グラウンド内のほかに、観客席、あるいはその人たちが観光に出かけた先で医療を必要とする場面が少なくありませんでした。大きなイベントになればなるほど、グラウンド外を見据えたメディカルサポート体制の整備が重要であると、本大会を通じて気付かされました。

帖佐 メディカルサポートに関しては、試合開始前から入念に準備を進めてきたと聞いていますので、RWCでの大きな成功につながったと協会側から評価してもらえるのは医療者側として嬉しいですね。RWC2019のトーナメントメディカルディレクターを務められた中村先生はいかがでしょうか。


中村 自国開催の場合には、試合中に集中して力を発揮するだけでは終わりません。RWC2019ではキャンプ地が全国55ヵ所(61自治体)に及び1)図1)、各地に大会の何週間も前から選手やスタッフが入りました。各地でWRが求める水準の医療体制を構築することがわれわれの責務でした。各地の先生方には「自分が代表チームに帯同したときに、遠征先でやってもらいたいと思う医療を提供してほしい」とお願いしたのですが、まさにそれを実現いただきました。

図1 RWC2019の試合会場と公認キャンプ地

図1 RWC2019の試合会場と公認キャンプ地

難しかったのは、各国で医療体制が異なるなか、日本の医療体制を理解していただきながら落としどころを探る作業です。また情報発信については、RWC組織委員会が情報統括していることから各地の先生方への情報共有の時期がかなり遅れてしまったため、今後改善していく必要があるでしょう。

帖佐 続いて、RWC2019のメディカルアドバイザリーグループおよびトーナメントメディカルディレクター代理として、またJRFUのメディカルディレクターとして活動された田島先生に、大会期間中の具体的な対応についてお伺いします。

田島 2017年3月にRWC2019のメディカルアドバイザリーグループが発足し、それから2年半がかりで全国の先生方とメディカルサポート体制を作り上げてきました。十分に準備をして臨んだわけですが、実際に大会が始まると各国から多数のケガ人が出ました。その対応はもちろんですが、負傷選手の交代となる選手の登録にはトーナメントメディカルディレクター(もしくは同代理)の承認が必要で、各試合の進行とともに届くレポートを集約してすぐに解決するスピード感も求められました。また、各地の先生方からの問い合わせや相談にも瞬時に適切に回答する必要もありました。大変ではありましたが、この経験が日本のレガシーとなり、次の機会でのより充実したサポートにつながると期待しています。

帖佐 赤間先生は東京2020組織委員会のメディカルディレクターをお務めですが、2つのイベントを照らし合わせていかがでしょうか。

赤間 RWC2019はキャンプ地を含め日本全国で行われましたが、東京2020は文字通り東京中心に開催されます。選手村にクリニックが開設され、MRI検査や治療が行える環境が提供されます。また、組織委員会の責任は選手村に入ってから生じるものであり、事前キャンプ地における医務体制にまでは責任をもたないというスタンスで、限られた環境に集約されると言えます。その点ではRWCに比べてメディカルサポートを提供しやすいように感じますが、オリンピックで33競技、パラリンピックで22競技と多競技が行われますので、各国際競技団体との調整においてはより困難な局面もあります。

大規模スポーツ大会におけるメディカルサポートのあり方とは

帖佐 続いて、このようなビッグイベントにおけるメディカルサポートのあり方について考えていきたいと思います。競技におけるメディカルサポートの役割について、岩渕さんはどのように捉えておられますか。

岩渕 選手が最も高いパフォーマンスを発揮する環境を整えてくださるもの、でしょうか。例えば、ニュージーランドや南アフリカの代表チームであれば、30人のスコッド(出場登録メンバー)をローテーションさせながら各々のコンディションを整えていくことができますが、日本代表においてはベストなメンバーが出場し続けることがチームのパフォーマンスを最大化するために必要でした。それを実現できたのはメディカルサポートのお陰であったと思っています。

帖佐 人材の育成についてはいかがでしょうか。試合時にピッチサイドに待機するマッチドクターの養成はどのように行われていますか。

中村 マッチドクターの資質はWRから明確な基準が示されています。それに則った世界共通の研修を受けて知識を身に付け、試験に合格することで国際資格を得ることができます。実際に十分な役割を果たすためには、さらに現場に出てスキルアップを図る必要があり、RWC2019のマッチドクターは大会へ向け、トップリーグ、スーパーラグビー、日本代表の国際試合を通じてトレーニングを積んで臨みました。

赤間 ラグビーのマッチドクター資格取得のための養成プログラムは模範的であり、東京2020でも導入を検討しましたが、すべての競技に求めることは難しいという結論に至りました。それで、日本救急医学会をはじめとする28団体が結成した「2020年東京オリンピック・パラリンピックに係る救急・災害医療体制を検討する学術連合体(コンソーシアム)」に研修プログラムを作成いただき、東京2020で執務いただく医師やメディカルスタッフに受けてもらうことにしました。

帖佐 田島先生、体制の構築について、他競技にも参考になるような取り組みがあればお聞かせください。

田島 ラグビーに限らず、代表チームが地方でキャンプなどを行う際に問題となるのが、現地でケガ人が出た場合にどう対応すればよいかです。どの病院に行けばよいか、MRIなどの設備は整っているのかという心配が帯同するドクターを悩ませてきました。そこで2013年頃から、JRFU代表チームメディカルディレクターとして日本代表チームが全国どこに行ってもスムーズに現地の医療機関に相談し、必要な検査が行える体制づくりを整えてきました。具体的には、各都道府県ラグビーフットボール協会メディカル委員長の先生方と連携して、受診可能な病院、MRIがすぐに撮れる施設、高気圧酸素療法が受けられる施設など、後方支援施設の事前確保・準備などを行っており、これは他の競技にはない画期的な全国ネットワークだと思います。

帖佐 近年、マスギャザリングにおける健康リスクが注目されています。日本集団災害医学会ではマスギャザリングを「一定期間、限定された地域において、同一目的で集合した多人数の集団」と定義しており、大規模スポーツ大会はまさにこれにあたります。観客救護をはじめとしたマスギャザリングに対する医療支援についてはいかがでしょうか。

田島 岩渕さんもおっしゃられましたが、実はそれがRWC2019でメディカル関係者が最も身に染みた事案の1つです。われわれはこれまでに代表チームの強化に関することや、ピッチにおけるメディカルサポートに注力してきたため、ホスト国になるまでマスギャザリングの観点をあまりもっていませんでした。

特に、RWC2019は全国12スタジアムで開催されましたが、それぞれ収容人数が異なることから、救護室をいくつ設けるべきか、医師やメディカルスタッフをどの程度配置すべきかを個別に検討する必要がありました。各スタジアムの過去の実績を基に考えたり、東京都の「大規模イベントにおける医療・救護計画策定ガイドライン」2)を参考にしたりしながら議論して決めました。

帖佐 特に工夫された点は何でしょうか。

田島 各観客救護室にリモート通訳システムを導入し、英語、中国語、スペイン語、フランス語、ロシア語、イタリア語の6言語の通訳者によるリアルタイム通訳を実現しました(図2)。実際に全45試合で73名の外国人が観客救護室を訪れ3)、リモート通訳システムが役立ったという反響がありました。

図2 リモート通訳システム

図2 リモート通訳システム

観客救護に関しては、全体として傷病者発生率(PPR)は2.63/10,000人で、暑さ指数(WBGT)が25℃を超えた試合でPPRが有意に高いという結果でした(p=0.04、Kruskal-Wallis検定)3)

帖佐 次なる東京2020は夏の暑い時期に開催されますので、一層の熱射症の応急処置が重要になりますね。

赤間 スポーツ活動による熱射症の応急処置は、国際標準の方法が国内ではほとんど行われていません。東京2020大会を契機に国際標準の対応が国内に広がることを期待しています。また、RWCでも同様だったかと思いますが、競技現場に鎮痛剤として医療用麻薬の配備が求められており、これも国内体制を国際標準に合わせていく必要のある事例かと思います。

今後の展望

帖佐 最後に、東京2020とその先を見据えて、大規模スポーツ大会におけるメディカルサポートの今後の展望についてお話しいただければと思います。

田島 われわれが今回、十分と考えた内容が他国からみれば不十分である、あるいは方向性が違うということもあったと思います。今回の準備や運営の方法をベースに、今後は若い先生方にも加わっていただいて、よりステップアップしたサポートを提供していきたいと思います。

岩渕 ラグビーで長期間にわたりチームが滞在するような大会を開催するのは、2009年の「ワールドラグビーU20チャンピオンシップ」以来だったかと思います。今回の成功を風化させず、先生方に引き続きサポートいただくためにも、JRFUが大規模な大会を招致し、ラグビーそのものを盛り上げていく必要があると改めて感じました。東京2020については7人制ラグビーでメンバー全員がベストな状態で挑み、男女ともにメダルを狙いたいと思います。

中村 JRFUが掲げる目標に向け、最大のサポートをしていくことがメディカル委員会の役割です。現在、日本では「ジャパンラグビー トップリーグ」がWRの認定する唯一のエリートラグビーですので、まずはトップリーグをしっかりサポートしていくことが重要だと考えています。また、RWC2019をきっかけにラグビーを始める子どもたちが増えています。子どもたちが安全にラグビーを行える環境を提供することも大きな使命でしょう。

赤間 コロナ禍から一転、「禍(わざわい)を転じて福と為す」との言葉通り、新型コロナウイルスに打ち克った証として東京2020大会を開催し、スポーツの力、人と人とのつながりの重要性を実感できる大会になることを願っています。

帖佐 先生方のラグビーに対する熱い思い、そしてお迎えする立場としてのおもてなし精神をひしひしと感じました。その思いに共感して、多くの医師やメディカルスタッフ、ボランティアの方が志を同じく参加され、今回の素晴らしい結果につながったのだろうと思います。とにかく新型コロナウイルスに打ち克って、2021年の東京2020がRWC2019と同様に大成功のうちに終幕することを祈願し、座談会を終えたいと思います。本日はありがとうございました。

文献

1)ラグビーワールドカップ2019.公認チームキャンプ地.
https://www.rugbyworldcup.com/2019/team-camps,(閲覧 20-12-01)

2)東京都福祉保健局.大規模イベントにおける医療・救護計画策定ガイドライン(第2版),2019年. https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kyuukyuu/saigaiiryou.files/guideline.pdf,(閲覧 20-12-01)

3)Tajima T, et al. Environ Health Prev Med. 2020 ; 25 : 72.

(2021年1月)

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